第195話 復讐

アスラさんを付けている者がいる。

アスラさんはカンザサの森に住居を構えて住んでいるという。

追いついた先はスタット王国を出てすぐの岩山だった。


「アスラ! 無事か!?」


アスラさんは立ち尽くしていた。

目の前にはアスラさんの仲間らしき人が立つ。中年の男で大勢の奴隷兵士を連れている。

男は賢者ヤンディさんを羽交い締めにして鋭いナイフを向けていた。


「こいつは誰だ?」


「元公爵の男、ハンハーグ。俺の奴隷だった男さ」


ハンハーグはナイフをヤンディさんの喉元に突き付けた。

ヤンディさんは涙を流す。


ああ、なんでこんなことに!?

刺激を与えるのはお腹の赤ちゃんによくないのに……。



「お前がタケルか? ふん。若造だな」


「俺のことはどうでもいいだろう。ヤンディを離せ」


「ははは! そうはいかんぞ!! 私の苦しみを少しでもアスラに味わせてやるんだからな!!」



この人はアスラさんに恨みがあるんだ……。

アスラさんはたくさんの人を殺めてきた。きっと、この人もその犠牲者の一人。


アスラさんはめんどくさそうに話す。



「魔力が無くなった世界とはいえ、俺のスキルは以前同様使えるんだ。貴様など一瞬で殺すことができるのだぞ?」


アスラさんが片手を動かすと、ハンハーグの周囲にいくつもの神樹槍を生やした

。その鋭い切っ先が光る。


「ははは! そうはいかん!! 私は毒を飲んでいるんだ!! 私の血液は毒まみれ。殺せばヤンディに毒の血液が付着するぞぉ!! お前の愛する女になぁ!!」


今は魔法が使えない世界。解毒の魔法は使えない。毒は厄介です。


「何が望みだ? ハンハーグ」


「ふん! 貴様は私を奴隷参謀にしたぁああ!!」


「それがどうした? それなりの待遇を与えてやっただろう」


「そうだ……。最高だった。弱い者を殺し、奴隷にして従わす。最高の毎日だったぁあ!!」


最高の毎日?

この人の感覚、狂ってるな。


「アスラ。どうして平和主義になった?」


「そんな主義にはなっていない。お前の望みはなんだ?」


ハンハーグの目は血走っていた。






「タケルを殺せ」





なんてことを!

アスラさん、もうそんなことはしないですよね!?




「断る」




ほっ……。良かったぁ。



「は、ははは。変わったなアスラァ。……もう魔神じゃない」


「俺は人間だ」


「ふざけるな!! 散々、人を殺してきて今更殺せないだと!? 腑抜けたことを抜かすな!! 貴様は魔神だ!!」


「魔神アスラは死んだ。残念だが、俺はお前が求めているアスラではないんだ。ヤンディを離してやってくれ」


「くくく……。そうはいかんぞ。おいやれ!」



ハンハーグは部下に命令を出した。

部下達は小さな打ち上げ花火を空に放った。




パンッ!!




何かの合図!?

こ、この人、何をしようとしているの?


アスラさんは目を細めた。



「なんの合図だハンハーグ?」


「くくく……。スタット王国は水路が発達している国だ。私の後ろにある小川も王国に続いている」


ハンハーグの部下は、その小川に、大きな袋に入った粉を流し込んでいた。


あ、あの粉ってまさか……!?


ハンハーグは不気味に笑う。




「毒を流し込んだ」




やっぱり!?

ど、どうしようタケルさん!?


タケルさんは眉を寄せるだけ。



「私の部下は王国を囲んでいる。さっきの合図を皮切りに、水路に当たる小川に毒を流し込んだのさ」



えええええ!!

この人、完全に狂ってるよ!!


ハンハーグは勝ち誇ったように笑う。



「毒を飲んだ人間は死ぬ。くくく……。はははーー!! ははははーーーー!! 王国を滅ぼして、私が新しい国を作ってやろう!!」


「それが貴様の目的か。ちっぽけな夢だな小物よ。貴様の国など、俺がぶっ潰してやるぞ」


「ふん……。そうはいくか。……おい、この女に飲ませろ」


部下はヤンディさんに何かを飲ませた。



「何すんだい!? んぐ、んぐぐ!!」


「くくく。ヤンディには毒を飲んでもらった」


えええ!?


「しかし、安心しろ。私の毒と同じ。解毒薬はある。後で飲ませてやる」


「この野郎、あんた最低だ!! アスラ様の御恩を忘れちまったのか!!」


「御恩だと? ふん! 私の屋敷に押し入り、使用人達を殺害して無理矢理奴隷にされたんだぞ。そんな奴に恩義なんか感じるか!」


「あ、あんた、さっきは最高の毎日って言ってたじゃないのさ!!」


「変わったんだよ。自分の残虐性に気付かされた。弱い者を殺し、奴隷にする。それが私の生き甲斐になった!!」



この人はアスラさんによって人生をめちゃくちゃにされたんだ。

だから、復讐しようとしている!!

ああ、でもどうしよう。王国の飲水に毒を入れられ、ヤンディさんにも飲まされた。

時間が経てばみんな死んじゃう!! 今は魔法の無い世界!! 解毒魔法は使えないんです!!


「くくく……。この毒の解毒は少々厄介でね。解毒薬の調合は私しか知らないのだ」


ハンハーグの部下は、アスラさんとタケルさんに、小さな小瓶を渡した。

私にも配られる。これってやっぱり……。



「その中には毒が入っている。ヤンディを助けたかったらその毒を飲め」



うわぁ、やっぱりな展開!

でも、私達が毒を飲んだからって、ヤンディさんが助かる証拠は何一つ無いです!


でもアスラさんはゴクゴクと飲んだ。


アスラさぁあああん!! 

ためらい無しですかぁあああ!?



「タケル……。お前は飲むな。俺が死んだ後、ハンハーグを倒せ」



アスラさんは片膝をつく。



「んぐッ!!」


「ぎゃはは! その小瓶の毒は濃い目にしてるんだよぉおおお!! 効果は直ぐに現れる。さぁタケルも飲めえええ!! 飲まないとヤンディを殺すぅううう!!」



ああ、アスラさんがぁああ!! 

スタット王国にも毒が入っているし、み、みんな死んじゃう。みんな死んじゃうよタケルさぁああああああああああん!!



「うわぁああああああああああああああああん!!」



私は号泣した。

もう全てが終わった。

もう近々開かれる結婚式もできない。

楽しいお茶も、みんなとの会話も、何もかもできない。

みんな死ぬ。みんな死ぬんだぁあああああ。



「うわぁぁあああああああああああああああん!!」


「ぎゃははははーー!! 泣け、喚け!! 絶望しろぉおおおお!! そして死ぬのだぁああああああ!!」



タケルさんは右手に毒液をかけた。

破壊神シバから授かった右手。

その手を高々と掲げる。



「なんだ? 降参の合図か? そんなことをしても無駄だぞ。毒を飲まないと許さんからなぁあああああ!! ぎゃはははーーーーーー!!」



タケルさんは叫んだ。

聞いたこともない、技名を。








破壊神力シバマキナ 滅ッ!!」







シュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ…………。




何かが蒸発するような音が、辺り一面に鳴り響く。

見ると、小瓶に入っていた毒液は無くなっていた。



「あ、あれ? 毒液が消えてる!?」



アスラさんはゆっくりと立ち上がった。


「ふぅ……。体が軽い。どうやら毒は消えたようだな」


え!? こ、これってどういうこと!?


タケルさんは凛々しい視線でハンハーグを睨みつけた。




「俺は破壊神シバから右腕を授かった。その力で、俺から周囲100キロメートルの毒を消滅させた」




ハンハーグは目を見張る。



「何ィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」



周囲100キロの毒が消滅しているなら、スタット王国の毒は全て消えている!!

そうなると、ヤンディさん、アスラさんの毒も……あ、ハンハーグの毒も消えたんだ!!






バグンッ!!






アスラさんの拳がハンハーグの顔面に命中する。






「ホゲェアッ!!」






そのまま3メートル吹っ飛ばされた。





「拳にてめぇの血が付いちまったけど。やれやれ……。もう毒は無いんだったな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る