第150話  演説


ーースタット王国ーー



朝9時。



城前広場。



そこは10万人も入れば一杯の場所。

そこをオーバーして兵士を詰める。スタット王国は水路が発達した国。よって幾つもの水路を挟んで30万人の兵士が並ぶことになった。


演説などというものは、元来数万人程度が限界であって、10万人を超える前で演説をするなんて、歴史的快挙と言っていい。

この噂は兵士の家族、知人を通してたちまち国中に広まった。


サレンサ国王は事前にこうなることを予測。そして、何より、大きな声が国中に響き渡ることを周知した。主に新聞の号外を使った訳であるが、それを知った貴族らは気球を出してこの前代未聞の演説を見ようと躍起になる。他の民衆は夜明け前から準備を実施。ある者らは山の高台に登って広場に集まった兵士を眺めたり、街の塔の上を陣取ったりとてんやわんや。街の望遠鏡は売り切れて、お祭り、というより、もはや事件となった。


俺は城の塔から周囲を眺める。

30万人の騒つく兵士とは別に、空には気球が浮き、山の高台には人が集まり、街は活気立っていた。


これは30万人どころじゃないな。


「サレンサ。大変なことになっているな」


「当たり前じゃよ。30万人の兵士に演説するなんて、どんな英雄譚にも出て来やせん。もはや伝説。神の振る舞いじゃ」


マーリアは飛び跳ねて喜ぶ。


「タケル様はこうなると思っておりました! 国を動かし、世界を救う! 凄すぎです!!」


しかし、30万人とは……思った以上に多い。

やれやれ。端の方は見えんな。

これだと、兵士達が俺の顔や声を認識することすらできん。


「心配するな。兵士達には事前にお前の写真やプロフィールを配っておる。そこには、クマソを制圧した伝説の魔神アスラが復活して、世界を制圧しようとしていることも書いておる。また、兵士達だけではないぞ。昨日から国中に号外を撒いて、このことを周知しておる」


何から何まで本当に気が効く。


「ありがとうな。サレンサ」


「れ、礼などいらぬ! 当然のことをしたまでじゃ! これは妻としての立場もあるが、国の未来もかかっておるのじゃ。魔神アスラの討伐は国にとっても必要なことなのじゃよ。あの痛ましい山賊の事件を再び起こしてはならんのじゃ! やれタケル! お前の想いを兵士達にぶつけるのじゃ!!」


国中からAランクの魔法使いが集められた。俺の周囲には5人の魔法使いが並ぶ。魔力を使って声を増幅、空に映像を浮かび上がらせた。




「みんな。集まってくれてありがとう」



俺の第一声は国中に轟いた。

大歓声が沸き起こる。



「わぁーー! タケル・ゼウサード!! スタット王国の英雄だぁ!!」

「きゃあ! 痺れる声だわぁ!!」

「タケル様! 世界をお救いください!!」



やれやれ。お祭り騒ぎだな。



「大事な話しなんだ。少し、静かに聞いてくれ」



すると、また騒ついたが、互いに注意し合って次第に国中が静かになった。

みな、俺の言葉に集中する。



「魔神アスラが復活した」



兵士達は息を飲んだ。

5年前に起こった山賊の事件は、国内でも有名である。昨日より配布された号外によって、その首謀者はアスラの崇拝者であることが周知されていた。



「5年前。俺の両親は山賊に殺された。今、ロメルトリア大陸では沢山の人々がアスラによって命を落としている。家族、友人、恋人。大切な人の命が、アスラによって奪われる。こんなことは許されない!」



俺の言葉にみんなは同調した。

国中が沸き上がる。みな口々に「そうだそうだ! 魔神アスラは許せない!」と叫ぶ。中には5年前の山賊に家族を殺された遺族の声も混じっていた。



「魔神のアスラ軍がロメルトリア大陸を制圧すれば、次に進行するのはスタット大陸になるだろう。やがて被害は拡大して、アスラは世界を征服する」



民衆からは悲鳴やため息が上がる。




「俺がアスラ軍の進行を止める! 必ずみんなを守ってみせる!!」



兵士を含め国中が沸きに沸いた。

俺の演説は十分に効果があったといえるだろう。


そこへ応援演説として壇上に立ったのはロジャースだった。



「えーーあーー。みな、みな様、ごき、ご機嫌よう。ほ、本日はお集まりいただき、ま、まん、誠にありがとうございます」


やれやれ。

ロジャースの奴、相当に緊張しているな。


兵士達の中から怒号が上がる。


「誰だお前はーー!? タケルさんを出せーー!」

「そうだ! お前は引っ込めーー!」


ロジャースは緊張しているんだ。

少しは多目に見てやって欲しいな。



「ロジャース。いつもの感じで話せばいい」



ロジャースは静かに頷くと咳払いを一つ。

その瞬間、気持ちを切り替えたようで、飛散させていた汗が止まる。


「俺はスタット王国第ニ兵団、兵士長ロジャース・ペンデルトン。今からタケル・ゼウサードがワーウルフ討伐とデイイーアの大火災でどれほど活躍したかを伝えようと思う!」


彼はワーウルフ討伐以降、帰国して出世していた。今はバルバ伍長の右腕である。

国中で広まった俺の噂話。元を辿ればこいつから始まっていた。だから、熱量が凄い。

ロジャースが話し始めると、弥次を飛ばしていた民衆は次第に黙り、彼の言葉に耳をたてた。


「──タケルは全員を助けました! 全滅だった兵士の命を全員助けたのです!! その力は凄まじい! ジェネラルワーウルフを一撃で倒し、ケロッと笑っているのです! その瞬間、彼の後方からは光が差して、全身が輝いて見えました。まるで、戦いの神が降臨したように見えたのです!」


やれやれ、大げさな。誇張しすぎだ。


しかし、ロジャースの熱の帯びた演説は予想以上に効果があった。民衆は彼の話に釘付けである。


「タケルが、俺より身分の低い下級城兵であることに、皆さんは疑問を抱かれているでしょう! それには理由があります!!」


おいおい。そんなことまで言わなくても……。


俺が止めようとすると、サレンサは俺の裾を引っ張った。


「タケル。仲間を信じよ」


ふぅ……。

そうだった。ロジャースは信頼できる仲間だった。このまま聞き届けよう。


「彼には将軍になる話があったのです! スタット国王より直々のご指名。しかし、彼はそれを断った。それはタケルにとってそれほど重要なことではなかったからです!!」


周囲は騒つく。

城兵が国王の指名を拒否するなんて前代未聞である。まるで嘘のような話。


「殊勝な彼は将軍という権力を手放しました。将軍は城兵ならば誰もがなりたい身分です! 兵士のトップ! 国王に次ぐ権力者! スタット王国のナンバー2。しかし彼はならなかった! 権力より大事なモノを知っているから! それは城兵として、国民を守ること! みんなの命を守ることに、将軍だとか、下級城兵だとかは意味がないのです!!」


それは違うぞロジャース。

俺は気楽に城兵の仕事をしたかっただけだ。将軍なんて役職についたらゆっくりお茶も飲めんではないか。

だから、そんなにカッコイイ理由ではないぞ!


しかし、俺の予想に反して、この演説は国中が沸きに沸いた。兵士達の中には兜を放り投げて喜ぶ者もいた。俺の権力に対して無欲な姿が心を打ったのだろう。複雑な気分である。


「彼は世界を救う為に戦っています! 魔神アスラを倒す為、彼を心の底から応援しましょう! 彼の勝利を祈りましょう! あなたの想いが彼の力になるのです! さぁ、両手を天に掲げて、私とともに彼を讃頌しましょう! 彼がアスラを倒し、未来永劫に続く平和を勝ち取るために! 城兵タケル・ゼウサード万歳ぃいいい!!」


ロジャースの号令に兵士をはじめ国中が万歳三唱。



「「「 城兵タケル・ゼウサード バンザーーーーイ!! 」」」



兵士達は両手を高々と掲げた。見下ろした光景は、強風で揺れる稲穂のようである。


流石にこれは……。


ロジャースは俺にウインクをして見せた。


「どうだ? 中々なもんだろ?」


「やり過ぎだ……」


サレンサは眉を寄せる。


「タケル。アスラに勝つにはこれくらいは必要じゃぞ。お前は負けることができんのじゃからな」


「……そうか……そうかもしれんな」


俺はロジャースの肩を叩いた。


「ありがとうロジャース。助かった」


彼はその手に自分の手を被せた。


「礼は世界を救ってからにしてくれ。魔神アスラの復活は世界の危機だ。ジャミガの時もそうだったが、また全部お前に任せてしまうな。俺はこれくらいしかできないが、いつでも協力する姿勢は惜しまない」


「ロジャース。心強いよ!」


「スタット王国、第二兵団小隊はいつでもお前のそばにいる!」


ロジャースの熱い想いが伝わってきた。

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