第129話  俺氏死す。さようならオータク。闘う者は美しい!

俺氏は木刀を構えていた。

その前にはアスラ軍の奴隷兵士が5人。

鎧から見える腕は筋肉が逞しく、皆、鍛え上げられた身体で戦闘に長けた様子であった。

しかもモヒカンのヘアースタイルや額にタトゥーを入れてる奴もいた。強そうだし、危なそう。

そんな奴らに立ち向かうのは俺氏だけ。


5対1。


「終わったでござる……」


いやいや!

何を呟くでござろうか!


やってみなくちゃ分からんなり!


し、しかし、生まれてこの方、人なんか殴ったことがない俺氏にとって、これは大ピンチ!

俺氏の喧嘩戦歴と言えば、母親との口論が大半でござる!! しかも全敗!


ダッドは俺氏を見て絶望していた。

その悲観した眼差しは訴える。


"何やってんだオータク! 1人で来てどうする!?"


そんな心の声が聞こえてくる。


彼は13歳の少年ながら逞しい。

危ない仕事も率先してやる。

しかも、合理的な思考の持ち主だ。


だから、俺氏のこの行動には心底絶望している。

ただ無駄死にが増えるだけだ、と。


奴隷兵士達はガチガチと震える俺氏を見て笑った。


「なんだぁお前? このガキを助けに来たのかぁ?」


や、やってやる!

やってやるでござる!!


「そ、そうだ! た、助けに来た!!」


俺氏の上ずった声を聞いて兵士達はニヤニヤと笑う。


「おいおい、マジかよ」


俺氏は木刀を振り上げて突進した。




「闘う者は美しぃいいいいッ!!」




ボゴォアッ!!



街に響いたのは、兵士の正拳突きが俺氏の顔面に炸裂する音だった。


地面に倒れる俺氏にダッドは叫んだ。



「オータクゥッ!!」



しかし、そのダッドも兵士に蹴られて地面に伏せる。

俺氏は鼻血をダラダラと流して兵士達にボコボコに蹴られた。


うぐ!

痛過ぎる!

こんなに殴られたのは初めてだ!


しかし、3発、5発と殴られる度、その痛みは鈍くなる。もうずっと痛いのだ。

ただ心は疲弊して、辛さや敗北感が募る。


13歳のダッドは、こんな状況を耐えていたのか!!



俺氏は這いながらダッドに覆い被さった。


「なんだコイツ? カバみたいにノソノソと歩いてやがる!」

「ギャハハ! ウケる!」

「アスラ様の奴隷にならないんならなぁ、蹴り殺してやるからなぁ!!」


ダッドはボロボロの顔になりながらも俺氏に怒鳴った。


「な、なんで来たんだよぉ!? あ、あんたはリーダーだろう!」


俺氏は鼻血を啜りながらダラダラと涙を流す。



「ごめん。俺氏……弱かった」



それでも、13歳のダッドを放っておけない。

俺氏は35歳。世間体でいえば、彼は自分の子供と言ってもいいのだ。

そんな子を見殺しになんかできない。子供を犠牲にして自分だけ生きるなんて選択肢は、俺氏にはないのだ!


兵士達の暴行は激しさを増す。

俺氏はダッドに当たらないように、覆い被さって四つん這いになっていた。


「なんだコイツ? 亀かよ!」

「面倒くせえな。槍を使って、ガキ諸共、ぶっ刺しちまおうぜ!」

「ギャハハ! 亀の串刺しだぁ!」


1人の兵士が槍を構える。


俺氏は滝のように泣いた。

それは痛いからじゃない。ダッドを救えないことが悲しくて仕方ないのだ。


「オータク……。ミスしちまった、ごめんよ」


こんな時にまで、何を言うなりか!

子供の気遣いに、再び涙が溢れ出る。



「ダッド……。うう……。助けられなくて、すまん」



兵士を笑い声と共に、勢いよく槍を振るった。



「ヒャッハーー! 背中から心臓に一突きぃいい!!」



ああ! 終わったぁ!!


俺氏、死すッ!!



「………………」



あれ……?


痛くない?


声が聞こえる。




「こんなこと、許されると思うか?」




誰かが槍を掴んで止めているのだ。


「槍で刺されることがどれほどの痛みか、お前達に味合わせてやろう」


お、男だ。


この声、聞き覚えがある!


凄く懐かしい声だ!



兵士達は狼狽えた。


「なんだてめぇ!? コイツらの仲間か!?」

「や、やっちまえッ!!」


しかし、男の動きは速かった。

目にも止まらない速さ。兵士達が攻撃体勢に入るより速い。

打撃音が響く。


パン! パパパン! ダダダダン!


男の強さならば、兵士達を一撃で気絶させることが可能だろう。

しかし、まるで、俺氏とダッドが受けた暴行を倍返しにでもしてくれているように、兵士達に何発も打撃を食らわした。


「 ハガガガァッ!」

「アグオエァッ!」

「グェエエッ!!」

「痛ぇえッ!!」

「ぬぐぐぐぅあッ!!」


そして、大きな一撃。1人1人が吹っ飛ばされて建物の壁に貼り付いていった。


「「「 アギャアッ!! 」」」


兵士5人はサンドイッチのように壁越しに重なる。


男は、兵士から奪った槍を構えていた。



「お前達がやろうとしていたことをやってやろう」



ブォォオンッ!!


男が放り投げた槍は5人の兵士の太ももを貫いた。



グサァアッ!!



「「「 ギャァァァアッ!! 痛でぇえええ!! 」」」



男は小首を傾げる。



「お前達は、もっと痛いことをやっていたんだぞ」



男は俺氏達の前に立った。


笑う。


その笑みは頼もしく、優しい。

日の光が彼を照らす。



「大丈夫かオータク。よく頑張ったな」



あ、あああっ!!


俺氏はまた泣いた。


今度のは嬉し泣きでござる。



「タケル! タケル・ゼウサードォオオオオ!!」

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