第100話 アスラの世界


〜〜アスラ・シュラガン視点〜〜


俺は生まれる前に神の声を聞いた。

それは勇ましくも優しい女の声だった。


「私の名前は地神ガイアナ。あなたは私に選ばれた」


その声は一度きり。

選ばれたことも、与えられた力も、その理由がわからない。


でも、なんとなく生きてみて思った。


人の運命とは、理由なんかないのかもしれないな。


ただなんとなく生まれて、なんとなく暮らす。


幼少期から地神操作ガイアマキナが使えた俺は、気持ちが昂っては人を殺していた。


親も知り合いも全て。


いつしか俺は独りぼっち。


なんだよ。

好きかって殺してちゃ、1人になっちまうのか……。


ふと、空を見上げると、空天秤。


俺を殺しに来た聖騎士から教えてもらった。


空天秤は世界を消滅させるエネルギー。人が死ぬことで浮くのを保つ。


魔王に殺された人々の怨念が空天秤に吸い取られていく。



「アハハ! いいぞいいぞ! 殺せ殺せぇ! アハハハーー!!」




気持ちが晴れやかになった。

魔王は強い力を持っていて、それが自由に人を殺しているのだ。


俺が殺さなくとも魔王が人を殺すのだ。


いつしか空ばかり見上げるようになった。


空天秤に怨念が吸われることが、俺の生き甲斐。


ふと、思う。


魔王が人を殺しているのなら、もう人殺しは辞めようか……。


人を殺しても小さな優越感が得られるだけ。俺がそいつより強いという証明。


でも、大陸を滅亡させると、そんな感慨は微塵も感じられなくなった。


全てが虚しい。


強すぎるということは、虚しさしかない。


普通の人間として生きてみよう。


そうだ、楽しく普通になってみよう!


普通の人間ごっこだ!



俺は海を渡って別の大陸に旅立った。


そこは随分と遠い。

俺が制圧した大陸など、風の噂程でしか流れていなかった。


ゲームとしては最高の立地だ。


それから、掃除人ギルドに入って、手の甲にタトゥーを入れた。



それが、俺だ。




ーーダイサーショの街ーー


俺は死体の山と化したギルドにいた。


部屋の片隅でブルブル震える賢者が1人。

そばかすの顔、目にはクマがある。

なんだか冴えない感じの女だ。


「お前、攻撃してこなかったのか?」


女はコクンコクンと無言で頷く。

俺は眉を上げた。


「俺の奴隷になるか?」


女はまたコクンコクンと頷いた。


◇◇◇◇


俺と女は街を歩く。

ギルドの事件に、この街の自警団が気付いて騒ぎ出すのは時間の問題である。


女をチラリと見ると、身体中傷だらけだった。


俺の神樹槍の攻撃でついた傷じゃねぇな。

仲間に殴られたのか?

ま、どっちでもいいけどな。


「わ、わた、私……。ヤンディ・マクロアと言います。じゅ、17歳。け、賢者です」


「あ、そ」


さて、この街の住民を皆殺しにしても良いが、まだまだ奴隷は必要だからな。

このヤンディとかいう奴隷1人じゃあ、とても魔王なんかにゃなれないぜ。


効率的に奴隷を増やす方法を考えないとダメか……。


「おいヤンディ。ここの領主は誰だ? どこにいるか知っているか?」


俺が声をかけると、ヤンディはほんの少し頬を赤らめた。


「は、はい、北のナンタルの森を抜けた所にハンハーグ公爵の屋敷があります」


20キロ程度か……。


俺はヤンディを抱える。


「え? え? ご、ご主人様??」


彼女は全身を赤らめた。



地神操作ガイアマキナ 神樹反動」



その言葉と同時に足元の大地から大きな木が生えて、俺達を持ち上げた。

木は弓のようにしなり、バチンッ! と大きな音を立てて俺達を弾いた。


空中に猛スピードで飛ばれる。


ギューーーーーーーーーーーーーン!



「はわわわわわわーーーー!!」


女ってどうしてこうもキャアキャアと!


「うるさい。黙れ」


「は、はひぃーー!」


彼女は口を手で抑えた。


およそ1分程度で20キロ先にあったハンハーグ公爵の屋敷に到着。


「す、凄い! ご主人様凄いです!」


「黙れ」


「は、はい! 申し訳ありません!」


屋敷は大きな門構えである。

衛兵が2人立っていた。



「な、なんだ貴様は!?」



衛兵は槍を向けた。



地神操作ガイアマキナ神樹槍」



大地から生える鋭い樹木で衛兵を串刺し、そのまま門ごと破壊した。


ヤンディは開いた口が塞がらない。


「行くぞ」


「は、はい!」


屋敷に入ると次々に衛兵達が襲ってきた。しかし、その全ての攻撃をガイアマキナでいなす。そして殲滅。皆殺しである。


屋敷に入るとメイド共の悲鳴が上がる。

心地よくもあるが、これから始まる交渉には邪魔だ。

容赦なく皆殺しにした。


そうして、瞬く間にハンハーグ公爵のいる部屋へと辿りついた。


「な、何者だ!?」


公爵はガタガタと震えていた。

俺の手の甲についたタトゥーを見て驚く。


「煙突掃除人!? 掃除人がなぜ、こんな力を持っているんだ!?」



俺は冷ややかな笑みを見せた。



「俺は、アスラ・シュラガン。魔王になる男だ」



俺の名乗りにヤンディは恍惚の表情を浮かべた。


「アスラ様……アスラ様っていうのね」


なんだこいつ……変わった女だな。

まぁいい、話を進めよう。


「ハンハーグ公爵。俺の奴隷になるか、殺されるか、2つに1つだ。どちらか選べ」


「そ、そんな……」


公爵は屋敷中に立ち込める死臭に混乱していた。外には衛兵の死体が転がる。答えは決まっていた。



「ちゅ……忠誠を誓います」



よし、まずは奴隷が必要だ。


「ハンハーグよ。貴様の領土は全て俺の物になった。領民はどれくらいいるのだ?」


「に、2万人程度でしょうか」


「ではそこから俺の奴隷希望者を集めろ。反抗する奴は殺す」


「そ、それはおっしゃるとおり行いますが、ロメルトリアの国が黙っていません。私に公爵の権利を与えてくれている王国でございます。3万の兵が私の行動を阻止するでしょう」


「なるほど。では今から俺がロメルトリアを制圧してくる」


「「 えッ!? 」」


2人の奴隷は目を見張る。

俺の言葉があまりにも軽く聞こえたのだ。

しかし、俺にとっては造作もないこと。


「ロメルトリアの王を俺の奴隷とする。反抗するなら殺す」


「そ、そんなことができるのですか? さ、3万の兵がいるのですよ? ほ、本来ならば私が奴隷を集めて、兵力をつけて攻め込むものではないのですか?」


「くだらん。そんなことは無能がやることだ。俺なら3万の兵くらいどうということはない。なにせ魔王になる男だからな」


「す、凄すぎる……」


「もしも王が奴隷にならず死を選んだ場合、ハンハーグ、お前が王になれ」


「わ、私が?」


「俺は国の統治などには興味がないからな。あるのは世界を変えることだ」


「あ、あなたは魔王になって世界をどうしたいのですか? それに現存する魔王はどうするのですか?」


「魔王は死んだ」


「「 え!? 」」


「だから、俺が魔王になるのだ」


「あ、あなたが殺したのですか?」


「俺ではない。誰が殺したかは知らん。余計なことをしてくれたものだ。面白い世の中だったのに」


「で、では、あなたがこの世界を征服するわけですね?」


「くだらん」


「え?」


「そんなものに興味はない」


「で、では目的はなんなのですか?」


俺はニヤリと笑った。



「掃除だ」



奴隷は目を丸くする。



「俺が気にいらん人間は一掃して、理想の世界を築く」



ハンハーグはボソリと呟いた。


「それって世界征服と一緒ではないのか??」


「おいハンハーグ。意見があるなら言え」


「いえ! 意見なんてありません!」


うむ。それでいいんだ。

反論したら殺していた。

俺に歯向かう奴隷などいらん。




俺は屋敷の庭から神樹反動を出現させた。


「では行ってくる」


2人の奴隷に別れを告げて、樹木の反動で空に飛んだ。


ビューーーーーーーーーーン!!


目指すはロメルトリア王国である。

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