第3章 最強の掃除人VS最強の城兵

第99話 掃除人 アスラ・シュラガン



〜〜アスラ視点〜〜




「なんてこった……」


と俺は煙突を磨くブラシを止めた。

屋根の上から空を見上げて絶望する。


【空天秤《くうてんびん》】が降りて来ているのだ。


それは上空高くに浮かぶ、直径1キロの球体。昔、破壊神シバがこの世を消滅させるために放ったエネルギーが封印されている。


地上に落ちればこの世は終わり。

今までは、魔王が人間を大量に殺すことで見えない高さまで浮かんでいたモノだ。


今は、誰でも視認できる高さまで落ち込んでいる。


これは魔王の加護が無くなったことを意味していた。


つまり、人が死んでいないのだ。


要するに……。


クソッ……!




誰かが魔王を殺したのである。




「あーーあ。つまんねぇ世の中になったな」


俺はロメルトリア大陸のダイサーショの街に来ていた。

煙突掃除人として仕事をするためだ。


「もう辞めだ。魔王がいないんじゃ煙突掃除なんて楽しくねぇ」


俺は屋根から飛び降りた。

その高さ30メートル。


 


ドン!




地上でパイプタバコを蒸していた親方はその音に驚いた。


「!?」


どうやら着地は見ていなかったらしい。

屋敷の主人からいくら料金を取ろうかと、そんなことを考えていたのだろう。

だから、金蔓の俺を見て怒鳴る。


「アスラ! おめぇ、煙突掃除はどうした!? まだ綺麗になってねぇだろが!」


「人を働かして、てめぇはゆっくり休んでやがる。もう付き合うのはゴメンだな」


「なんだその口の利き方はぁ! 誰のおかげで働けてると思ってんだ!」


「お前に付き合うのは辞めだ。所詮はお遊び、普通の人間ごっこだ」


「人間ごっこだぁ? 大人になったつもりか!? 20歳なんてまだまだガキなんだぞ! ふざけた事抜かしやがって! 身体に言い聞かせてやる!」


親方は大きな拳骨を俺の顔めがけて振るった。

今までならば食らっていた攻撃である。

なぜなら、オレが親方を満足させてやることで、俺は人間として生活できていたからだ。


親方は小さい人間である。

無力な者の上に立つのが、この男の生き甲斐。口答えする掃除人は殴って言うことをきかせる。俺と一緒に暮らしていた掃除人達は、殴られて病気になり死んでいった。


俺はそんな親方の癖がよくわかっていたから、ただ心では嘲笑して、いいようにさせていただけである。


人間として存在する為に。


まぁ、でも終わりだ。

魔王は死んだのだからな。


手を掲げる。




「スキル地神操作ガイアマキナ 神樹槍」




地面から数本の鋭い枝が生えて、親方の体を貫いた。


ドシュッ!!



「グォォエエッ!!」



串刺しになった親方は血だらけになって絶命した。



「所詮はおもちゃだな。5年ばかし一緒に暮らしたが、なんの感慨もない」



さて自由になった。

どうしようか?


掃除人ギルドに行って大量殺人と洒落込もうか? 

それともこの街を滅ぼそうか?

でも、どちらも感動は薄いな。


そうだ……。

こうしよう。


これしかない。


親方みたいなムカつく存在を一掃させよう。俺が気に食わない存在は皆殺しだ。


魔王が死んだのだからな。

人が死ななければ空天秤が落ちてしまう。

空天秤が落ちているのなら、この1択しかないのだ。


「と、なれば奴隷が必要だな。俺の言うことをなんでも聞く。便利な存在」


普通の人間を5年も続ければ、支配者には奴隷の存在が欠かせないことがわかる。


どうせなら強い奴にしよう。


俺はこの街の冒険者ギルドに向かった。




ーー冒険者ギルドの酒場ーー


 

ドパン!


と勢いよく扉を開ける。


人相の悪い冒険者達がギロリと俺を睨みつけた。

50人はいるだろうか。


この街は治安が悪くて有名である。

ここは犯罪者の巣窟として名高い。

みな、何か後ろめたい過去があって、この街で冒険者として働いていた。


良い雰囲気だ。

俺はこんな場所がとびきり好きなんだ。

でも今日は機嫌が悪い。


俺はカウンターをドンと叩き、怒号を響かせた。


「おい! この酒場で一番高い酒を出せ!」


マスターは俺の手の甲にある掃除人ギルドのタトゥーを見てニヤついた。


「掃除人が……。えらく威勢がいいじゃねぇか。金持ってんのか?」


俺はプイと顔を逸らした。


マスターは顔をしかめながらも一番高い酒を出した。貧相なガラスコップに茶色の酒が入っている。


「1万エーンになるよ」


代金引換なのはどこの酒場でも同じだ。


「そんな金ねぇよ」


そう言ってひょいとコップを掴みグビグビと飲み干した。


「ちょっと! お前! ふざけんじゃねぇよ!!」


「ふざけてんのは魔王を殺した誰かだぜ!」


「なんの話だ! ザッコスさん! ちょっとこの掃除人に、ここの厳しさをわからせてやってくれ!」


マスターはギルド長を呼んだ。


俺は目の前に来た男を見上げる。


ザッコスと呼ばれたその男は身の丈2メートルを越えていた。

全身傷だらけで片目は潰れている。

体は筋肉の塊。歩くとミシミシと音が鳴った。

その大きな拳を俺の前で握りしめる。


「グフフ。臭い臭い。すすの臭いだぁあ〜〜。たかが煙突掃除人が、そんな態度をとるなんてよぉおおお。生きてここから出られると思うなよぉ?」


ザッコスは楽しそうだった。

俺と自分との体格差が余裕を呼んだのだろう。"コイツなど一捻りだ" そう思ったに違いない。

でも、俺はこんな男が大好きなんだ。


だから、ニヤリと笑う。



「もう世の中に気を使う必要がなくなったからな。お前。死にたくなかったら俺の奴隷になれ」


ザッコスは手で顔を抑えて笑いを堪えた。


「お、お前! なんの冗談だ!? ププ……。その細い身体で……。掃除人のくせに! プグフフ! 馬鹿なのか?」


俺は返事をするのが面倒で、流すように小首を傾げる。


ザッコスは耐えきれず吹いた。


「プゥッ! ヌハハ! 馬鹿は困るな。ほれ見てみろよ俺の腕!」


そう言って太い筋肉の塊のついた腕を差し出した。


俺は眉を上げた。


「これは死にたいってことだな?」


周囲の冒険者達は笑い転げる。


「ギャハハ! 兄ちゃん頭大丈夫ぅ?」

「掃除人が何言ってんだよププーー!」

「もう酔っ払ってんのかよ!」

「死ぬにはまだ早いんじゃねーのか!?」

「「「ギャハハハハハハハーーーー!!」」」


ザッコスは鼻で笑うと、その剛腕を振り下ろした。



「少し痛い目をみせてやるッ!!」



大きな拳は俺の顔面に直撃した。


本来ならば、俺の顔はスイカのように粉々に砕かれて血だらけになっているだろう。

しかし、ザッコスの拳は俺の眼前で止まっていた。

そればかりか、その拳は地上から生え出た鋭い枝に貫かれ、真っ赤な血をボタボタと垂らす。


「な、なんだこのスキルは!?」


俺は不敵に笑う。

大きく息を吸い込んだ。


「さぁ、ここにいる冒険者達よ! 選択肢は2つだ! 俺の奴隷になるか、それとも死ぬかだ!」


冒険者達は選択肢を間違えた。


一斉に俺に攻撃してきたのだ。


「ヒャッハーー! 死ねぇ掃除人!!」

「喰らえぇええええ!!」

「ファイヤーボーール!!」


魔法、剣、槍、弓、斧、鞭。

その攻撃は多種多様。



俺は呟く。



「スキル 地神操作ガイアマキナ神樹防壁」



地面から無数の枝が生え出して壁を作り、冒険者達の武器を防ぐ。魔法の炎さえもかき消した。


一同驚嘆。


「な、なんだ!? 地面から木が生えてやがる!?」

「こ、攻撃が当たらねぇ!!」

「なんだ、ス、スキルか!?」



さて、俺に歯向かった罰を与えねばならんな。



「スキル 地神操作ガイアマキナ神樹槍」



ドスンッ! ドスドスドスッ!



地面から無数の鋭い枝が生えて冒険者達の体を貫く。


「ギャアッ!」

「グェッ!」

「痛ぇッ!!」


ギルド長ザッコスは体中を無数の枝に貫かれ血だらけ。

俺に懇願した。



「……な、なる。奴隷になるから見逃してくれぇ」



俺は小首を傾げた。



「手負いの奴隷に興味はない」



俺は人差し指を少し動かした。

連動して地面から生えた枝がウニョウニョと蛇のように動く。

それはザッコスの顔に巻きついた。


「た、助けてくれ! た、頼む!」


助けるだって?

笑わせるな。


「あーーダメダメ。チャンスは一度きりだから」


ザッコスは目に涙を溜めた。


「た、助け、助けてくれぇ」


俺の指がひょいと動くと連動してザッコスの首を曲げ始めた。


ググ、グググ……!


メキメキと首の骨がきしむ。

死を悟ったザッコスは、最期の満足感を得ようと質問する。


「ング……お、お前、い、一体何者……なんだ!?」


何者……か?

ふっ……。

俺が何者か、か……。


俺は目を細めた。

それは自分の思考がまとまって、確信に満ちていた。




「次の魔王だよ」




ゴキン!

それは同時だった。

ザッコスの首は捻れ、鼻からボトボトと流血。


「つまらんな」


魔王が死んだのなら、俺が次の魔王になってやる。


俺がこの世界を変えるんだ。

邪魔な人間を一掃して、最高の世界に変えてやるぞ!


俺は血だらけになったギルドを見つめてつぶやいた。


「あーーあ……」


5年間もこの職業だったのだ。もう性分になってしまった。


「こんなに汚れたら、掃除しなくちゃいけねぇな」

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