第39話 全滅

ーーデイイーアの街 地下水道ーー


私達は危機的状況にあった。

勇者グレンは腹部を損傷し吐血。

戦士ゴリゴスは壁にめり込んでやられた。

魔法使いレイーラは目の前で紫色のシャム猫に変えられてしまった。


僧侶リリーはグレンの腹部に両手を当てて、回復治療を施し中。

それが終わるにはまだ5分はかかるという。


戦えるのは賢者の私と、ママジャン王国の姫マーリアだけだった。

マーリアは自前の短剣を構えて戦う姿勢を見せる。


「わ、わ、わわ私だって戦えるんだからぁぁああ!」


戦闘のプロ、戦士ゴリゴスが一撃であの姿。

訓練も受けてないマーリアが戦ったところで焼け石に水だわ。


タケルならこんな状況でどうするかしら?

……彼は強すぎるから、そもそもこんな状況にはならないわね。

でも、優しい彼なら、きっと自分の命より他人のことを想うはず!


「逃げなさい! マーリア!」


「な、何言ってるのよシシルルア! みんなを置いて自分だけ逃げるなんてできないわよ!!」


「あなたは一国のお姫様なのよ! 何かあれば私達に責任が及ぶの! お願いだから逃げて!!」


「そんな……。せっかくお友達になれたのに、あなたを置いてなんて行けない」


私だってそうよ!

大切な友達は心配なんだから!

でも、みんなが全滅するよりも、1人でも助かるべきなのよ。

マーリアを逃がすことができれば、後はタケルがなんとかしてくれるはず。

そうだ!


「マーリア……。この地下水道を出て大声でタケルを呼んできてくれないかしら? きっと彼ならもうワーウルフを倒してこちらに来てくれているはず。彼の力なら地上に出て叫ぶだけであなたを見つけてくれるわ」


「……で、でも……」


「それが、みんなが助かる最善の方法なのよ」


マーリアは最善の方法と聞いて考えた。

そして、答えを出す。


「わかったわ! 必ずタケル様を呼んできます! でも、シシルルア……死なないでね」


「当然よ! 帰ったらアップルパイの作り方、教えてよね」


「ええ! これが終わったらみんなでお茶会よ!」


出口に向かって走り出すマーリア。


さぁ、私はなんとか彼女が地上に出れるように援護しなくちゃね!



「いっくわよぉおおおおお!」



賢者最大火力の呪文。ドラゴンフレア。

私の周りには龍を象った炎がうねりを上げて現れた。



「ドラゴン フレアァァァアアア!!」



巨大な炎が呪術士ジャミガを襲う。

ジャミガは片手を差し出すと舌を出して笑った。


「残念でしたぁ」


その手の動きに連動して、黒い液体は蛇のように鎌首をもたげた。

液体のその先には大きな口が現れる。

その口は私のドラゴンフレアを飲み込んだのだった。


「ああッ!!」


私の驚きの叫びとともに、後方からマーリアの悲鳴が響く。


「きゃああああああああああああああああああああッ!!」


振り向くと、黒い液体は蛇のようにうねり、マーリアを捕まえていた。


「マーリアァァァァアアアア!」


そして、私も黒い液体に捕まる。


「ああッ!!」


ジャミガはいやらしい笑みを見せた。


「直ぐに殺しゃあしないさ」


そう言って手を壁の方へと動かすと、黒い液体は私達を壁に打ちつけた。

そのままガムのように体にくっつき固定する。

私とマーリアは地下水道の煉瓦の壁にはりつけ状態となった。

まるで磔刑を受けた罪人である。


ジャミガはヘラヘラと笑いながらリリーの前に立った。

リリーはそんなジャミガに気がつきながらも、必死になってグレンを治す。

彼女が、回復するのに5分かかる、と言ってから、まだ2分も経っていない。

ジャミガは手を壁の方へと動かした。


「きゃあッ!!」


リリーは私達と同じように壁に張り付いた。

残されたのは腹部を負傷した勇者グレン。

そのダメージは大きく立ち上がることができない。


「弱ぇ勇者だなぁ」


ジャミガはつまらなさそうに、グレンの負傷した腹部を踏みつけた。


「ぐはぁぁぁあああ…………!!」


苦痛の叫びが地下水道に響く。


つ、強すぎる……。

こ、このままだとグレンが殺されてしまうわ!


ジャミガは、はりつけにされた私達を見た。


「どれがいいかな?」


そう言って私を指差す。


「お前に決めた。悶え苦しむ姿が見たい」


そう言ってパチンと指を鳴らす。

同時に私をはりつけている黒い液体から炎が上がった。


「きゃぁあああああああああああああああ!!」


混乱。


熱さと恐怖で訳がわからない。


ジャミガはグレンの腹部で足を捻る。


「ぐぁぁあ…………」


苦悶のグレン。

私の悲鳴とグレンのうめき声。

それらを、まるでクラシックでも聞くように、ジャミガは恍惚の表情を浮かべた。



「いいぞ……いい!……もっと泣け、叫べ、メロディを奏でろぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」



あ、熱い!

どうすればいいの!?

体は黒い液体に固定されて全く動かない!

今にも衣服に炎が移りそう!

私の自慢の銀髪も、白い肌も、全て焼け焦げてしまうわ!


死ぬ……。


私の人生が終わってしまう!

ああ、嫌よ。そんなの絶対に嫌!

だって、私はタケルに告白をしていないのよ!

彼に想いを伝えられないままに人生を終えるなんて耐えられない!

好きって伝えたい。心の底から、愛していると伝えたい。

人生の中であなただけ、あなただけは特別な人なのよ!

私の人生を捧げてもいい、本気で想った最愛の人。

そんな人に、私の想いを伝えられないなんて……。

伝えられないままに人生が終わるなんて……。


「うう……ううう……」


私は泣いた。

熱さや敗北の痛さじゃない。


悔しいのだ。


このまま死ぬのが悔しくて悔しくて、たまらないのだ!!


ああ、タケル……。タケル……。



私の気持ちは爆発した。





「タケルゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」





その絶叫は地下水道に共鳴した。

その声は地上に出て天にも昇る勢いだった。


これが私の最後の言葉。

さようならタケル……。

最後にあなたに逢いたかった……。



……………………………………。




気がつけば、温かい。




優しくて、懐かしい、温もり。



「あ…………」



私は目を疑った。

霞む視界に彼が映るのだ。


幻? いや違う。


この温もりと安心感。

はっきりと、そして優しく。

私の眼前でタケルが微笑む。





「遅れてすまない」





彼は瞬時に私を抱きかかえ、壁に貼り付けられた私を助けていた。

炎は消え、賢者の服がほんの少し焦げただけだ。


ああ! タケル!! 

私のタケル!!


私は彼を抱きしめた。

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