第19話 号泣のリリー

ーー温泉宿ザパンの受付ーー



「タケルさん! 会いたかったです!」


背の小さな僧侶、リリーは俺に抱きついてきた。


「お、おいリリー。互いに離れて、まだ1日も経っていないんだぞ」


「だってぇ……だっでぇえええ!」


感極まったリリーは大粒の涙をこぼす。


「タケルざんがいなぐなっでね。6回も! 6回もモンズダーに遭遇じだんでずよ! ぞの度に死にぞうになっだんでずぅぅうううう〜〜!! ゔゔゔ……」


6回か……。多いな。

地図の地形を見ながらモンスターの巣を回避する方法を教えてあげるべきだったな。


「そうかそうか……。よしよし。大変だったんだな」


頭を撫でるとリリーは俺の腹に顔を埋めた。


「ダゲルざん! ダゲルざんんんんん!」


俺は銀髪の賢者シシルルアをチラリと見る。


「リリー、戦闘は誰が指揮を取っていたんだ?」


「シシルルアさんですぅ……。うう……。シシルルアさんが一生懸命に私達を誘導してくれたんですぅ。彼女がいなかったら全滅でしたぁ。うう……」


「そかそか。よく頑張ったんだな。偉いぞリリー」


シシルルアは俺の願い通りにやってくれていたみたいだな。彼女はこのパーティー1の実力者だ。

やはり俺の見立ては間違っていなかった。


俺は彼女を見つめ、笑う。


「シシルルア。ありがとう」


彼女は俺と目が合うと真っ赤な顔になって顔を逸らした。


やれやれ、やっぱり嫌われているな。

でもいいさ。みんなが無事なら。


勇者グレンは俺を一瞥した後にマーリアをマジマジと見つめた。


「タ、タケル! こ、この美少女はなんだ!? くぅ……う、羨ま──。いやいや、ちっとも羨ましくはないが、この美少女はなんだぁああ!?」


ふーーむ。

グレンに紹介するのもな。

マーリアに悪い気がする。


「おい、このタラシ野郎! いきなり美少女をナンパして宿に連れ込もうって寸法かよ!! お前はどうしようもねぇクズ野郎だな!」


パーティーメンバー全員がマーリアに注目していた。


確かに気持ちは理解できる。

仕事をクビになった男が、女の子を連れて宿に泊まろうとしているのだからな。

しかも、とびきりの美少女である。

その経緯を知りたがるのは当然か。


やれやれ、グレンなんかに紹介するのは気が引けるが、こいつのやっかみが爆発する前に紹介しておこうか。


「グレン。失礼だぞ。この人はママジャン王国の姫君だ」


一同驚愕。


「「「「「ママジャン王国の姫君ぃぃいい????」」」」」


しかし、それ故に謎が深まる。

僧侶リリーはすっかり元気を取り戻して、大きな瞳を丸くした。


「マ、ママジャンのお姫様が、タケルさんとどうして温泉宿に来てるんですか?」


マーリアの事を考えれば、呪いの件はあまり他言して欲しくないだろう。なにせ、自殺まで精神的に追い込まれていたのだからな。

しかし、グレン一行は世話になった昔馴染みだ。クビにされたとはいえ、他人行儀も気が引けるな。


マーリアは俺の裾を少し引っ張る。


「タケル様、このお方達が噂の勇者パーティーなのですね。私の事は気になさらずに、事情を全てお話しください」


「そうか、そう言ってくれると助かるよ。すまんな。ありがとう」


俺がグレン達に話そうとすると、リリーは俺に抱きついてきた。


「タケルさん! 話したいことがたくさんあるんです! 宿には食堂がありますから、そこでお茶でも飲みながら話しましょうよ!」


「お茶……。そうだな。悪くない」


お茶……。

温泉街のお茶……。

どんなお茶なのだろうか?


「えへへ! またタケルさんとお茶が飲めるなんてうれしいです!」


「うむ……俺もだ」


オリジナルのお茶があれば申し分ない。

ここは水が綺麗な川がある。現地の素材を使った、ここでしか飲めないお茶などあれば最高じゃないか。


マーリアを見やると、少し元気の無い顔をしていた。


俺は馴染みのメンバーと会い、自分は初対面。そんな中で、思い詰めた呪いの話まで伝えなければならないんだからな。楽しい気分になれるはずもない。


いかんな。お茶と聞いて楽しくなっている。

マーリアが大変な時だというのに浮かれている場合ではない。

少し自重せんとな。


「マーリア、気を使わせて悪いな」


「いえ、タケル様の大切な仲間なら、私にとっても大切な人です。ですが……」


そう言って顔をしかめる。


「あの方達はタケル様をクビにした人達なのでしょう? 私は……許せません」


マーリアの浮かない顔はそっちが原因か。


「うむ……確かに、仲良く話すのも違和感があるかもしれんな。しかし、問題があるのは1人くらいなのだ……」


俺はグレンを一瞥。

グレンは地団駄を踏む。


「なんで俺がタケルなんかと茶を飲む必要があんだよ! ざけんなよてめぇら勇者命令だ! こんな奴は無視しろぉコラァ!」


やれやれ、変わらんなぁ。


俺が呆れているとシシルルアがグレンを睨みつけた。


「グレン様。戦闘以外のプライベートは勇者命令が使えません。我々が服従するのは魔王討伐の旅に関する事だけでございます」


「くッ! こ、この野郎! わ、わかってるっての! ざけんなよ! てめぇらが勇者法律に詳しいか試したんだっつーの!!」


ふむ、シシルルアは影のリーダー的存在になりつつあるな。

しかし、グレンの態度は目に余る。

やれやれ、こんな勇者ではみんなが苦労するな。


俺は宿のチェックインを済まし、グレン達と食堂に移動した。

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