第18話 マーリア姫の勘違い

〜〜通常のタケル視点に戻ります〜〜



ーーデイイーアの温泉街ーー


俺とママジャン王国の姫君、マーリアは今晩泊まる宿を探していた。

その跡を、あのカラスが追ってくる。


やはり付けてくるな。

どうにか撒かないと厄介だな。

宿を特定されては寝込みをジャミガに襲われるかもしれない。

何かあれば他の客にも迷惑がかかるからな。


見渡すと、少し先に一軒の宿が1つ。

その入り口は小さく、まるで裏口のように見えた。


ほう、もしかあそこが裏口ならば、向こう側は正面入り口か。

ならば、裏口から入り、正面出口から出ればカラスを撒くのは簡単だな。よし!


俺はマーリアをお姫様抱っこ。


「マーリア! 少し堪えてくれ」


「ハ、ハイ!」


上ずった声と共に、彼女は心呼吸を始める。


よしスキル発動だ。


「神速」


ギュウウウウウウウンッ!!


豪風を起こし移動する。

たちまち宿の中に入った。


「よし、正面出口から出れば——」


ん?

出口が無いぞ?


「まさか、あの小さい裏口のような所が正面玄関だったのか?」


俺が立ち止まると、カウンターから声がかけられた。


「ご休憩ですか? お泊まりですか?」


休憩? 何を言っているんだ?


見渡すと、宿の内装はピンク一色。


なんだここは?


マーリアは全身を真っ赤に染めた。


「タ、タケル様! わ、私、知っています! 世間の男女が営みを交わす、愛の宿があることを!」


愛の宿だと……?


マーリアは俺の身体をぎゅっと抱きしめた。


「ご、強引なんですね……」


「違う。違うぞマーリア!」


「でも、そんな所も、嫌いではありません! むしろ、その……す——」


まいったな……。間違ってとんでもない宿に入ってしまった。


マーリアは気持ちがたかぶって身体が氷り始めた。


「落ち着けマーリア。スキル闘神化アレスマキナ、灼熱血行!」


俺はマーリアを強く抱きしめた。

俺の身体に流れる血液は高熱を発してマーリアの氷を溶かす。

カウンターからは苛立ちの声。


「お客様! そういうことはお部屋に入ってからなさってくださいな!」


「いや、違うんだ店主……」


と言ってもわからんな。

早くこの宿から出よう。


「店主。すまないが出口を教えて欲しいのだ」


「出口って……。お客様が入ってきた所しかありませんよ!」


「…………」

 

今、出てはカラスに見つかってしまうな。

まるで撒こうとしたのがバレてしまう。

警戒されては厄介だ。

カラスを油断させるのが先決。なんとしてもここから撒いてやりたい。


「では、この宿の裏側が見える窓はあるか?」


「はぁ〜〜。5階の廊下にありますが何か?」


「よし。すまんがそこから出させてもらう」


「は!? ちょっとお客様!?」


俺は神速を使って、5階に上がる階段を探す。

マーリアは更に顔を赤らめた。


「そ、そんなに急ぐのですか!? 私にも心の準備が! で、でも、もうできました!!」


マーリアは何か勘違いをしているようだが、今はこの宿を出る事が先決だ。

よし、向こうに階段があるな。あれを登ろう。


俺は瞬時に階段を駆け上がり、5階に到達。廊下の窓を探した。


「よし、この窓なら入って来た所より裏側に出るぞ」


俺はマーリアを降ろし窓を開けた。

彼女は戸惑う。


「あ、あの、ここはお部屋ではないようなのですが? ま、まさかここで!?」


俺は再びマーリアをお姫様だっこ。

彼女は恍惚とした表情を浮かべる。


「も、もう何もかも、タケル様にゆだねます……」


「よし。では声を殺してくれ」


「は、はい! こ、声は我慢します! 痛くても平気です!」



5階の窓から、飛ぶ。


「 !? 」


その高さに驚愕のマーリア。

大きな声を出しそうになって自分の手で口を抑えた。



「んんんんんんーーーーーーーーーーーッ!!」



うむ。マーリアは頑張ってくれているな。

大きな声を出してはカラスに見つかってしまうかもしれんからな。


すぐさま着地。


空を飛んでも良かったが目立ち過ぎるからな。

地上で人混みに紛れた方が撒き易いだろう。


「スキル闘神化アレスマキナ、神速」


ギュゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!


高速の移動。

カラスから3キロ程度離れる。


「スキル闘神化アレスマキナ、神眼」


俺の目は闘神と化す。

これで5キロ先まで望遠できる。


その状態で先ほどの宿を見た。

カラスを発見する。

宿の向かいの建物に止まり、入り口をじっと監視していた。

ついでにあの宿の全体を見てみると、ピンク色の小さな看板が設置されており、そこには『LOVE』と表記されていた。

しかし、外見は全く普通の宿である。


内装は派手なピンクなのにな。

入りやすくするためだろうか。

どちらにせよ、そういう所のようだな。

まぁ、恋人のいない俺やマーリアにとっては関係のない場所だ。


「初めて入ってしまったな。あんな宿に……」


俺のつぶやきに答えるようにマーリアは赤くなった。


「カ、カラスを撒く為にあの宿に入っていたのですね。わ、私ったら勘違いしてしまいました」


「ふむ。出口を探すので手一杯だったからな。どんな勘違いなのかはよくわからんが、誤解が解けたのならそれでいい」


「あ、あの……。私が言っていたこと覚えていますか?」


「…………いや。特には覚えていないが?」


「そ、そうですか……。も、もしも思い出したら。そ、その……。それはそういうことですので!」


「そうか……。わかった」


全く何もわからんが、彼女の決意めいた言葉。妙に力が篭っている。

その意味を追求するのは野暮というものだろう。


「さて、宿をとるならこの辺りが最適だな」


この距離ならカラスに見つからない。

カラスがジャミガの元に帰るのか、はたまたカラスの元にジャミガが来るのか。

どちらにせよ。カラスとジャミガの呼吸は覚えているのだ。

この辺りに宿を取れば、休養をしつつ、俺が相手側を監視できる。


辺りは湯気が立ち込め、硫黄の臭いが蔓延していた。


どうやらこの周辺は温泉地になっているようだ。


俺は休めればどこでも良かったのでマーリアに宿を決めてもらう。

その宿は、負傷した身体を温泉で癒すことができる湯治宿だった。




ーー温泉宿 ザパンーー




玄関を潜ると聞き慣れた声。



「いやぁ。おいどんは温泉に入るなんて数年ぶりでごんすよ!」


「あはは! 私もです。楽しみですねぇ」


「へん! 遊びに来てんじゃあねぇんだぞ! 傷を癒す為に泊まるんだからな!」


「あらん。ここの温泉、美容にもいいんだって! テンション上がるわねぇ」


「みなさん。女子と男子で2部屋借りましたからね」



この喋り方は! 

懐かしい。と言っても数時間前に別れただけだが。


互いに目を合わせて驚く。



「「「「「「 ああああーーーーーーーーー!! 」」」」」」



俺は、グレンの勇者パーティーとばったり出会ってしまったのだった。

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