第17話 タケルは必要 【グレンざまぁ回】

私の戸惑いを打ち消すように僧侶リリーは声をあげた。


「マニュアルありました! 心臓マッサージの項目は、以前タケルさんから聞いていましたからわかります! このマニュアルに従ってやりましょう!」


ああ良かった!

これで助かるかもしれない!

今は1分1秒を争う。


「リリーさん! 早く指示してください!」


「ハイ! シシルルアさんの補助魔法ショックは心臓の上でやらなければ効果がないようです!」


「そうだったのね! そういえば、以前もタケルの指示で胸の上に置いていた気がするわ! さっきは焦って手首を握ってしまった!」


私はすぐさま勇者グレンの胸に手を置いた。


「補助魔法ショックッ!!」


バチン! バリバリ!!


ショックの魔法はグレンの心臓に当たり、彼は海老反り、ビリビリと震えた。

リリーは勇ましくもマニュアルを見ながら指示を出す。


「ゴリゴスさん! 心臓マッサージは1分間に100回のペースです!」


「そ、それは難しいでごんすな!」


「タケルさんがやっていました! 私がリズムを刻みますので、それと同じリズムでお願いします!」


「リリーどん! お願いするでごんす!」


「1、2、3、4! 2、2、3、4!」


リリーのリズムに合わせてゴリゴスは心臓を押し続ける。

それでもグレンは目が覚めなかった。


どうして目覚めないのかしら!?

まだ、何かを見落としてる?

タケルはどうやって村人を助けたの?


……そうだ! 思い出した!!


「リリーさん! そのマニュアルに人工呼吸は載っていないかしら?」


「あ! 載っています! ゴリゴスさん心臓マッサージがもう100回に到達します。人工呼吸を行なってください!」


「わかったでごんす!」


そう言うと、ゴリゴスは大きな胸を膨らませ、目一杯、肺に空気を溜め込んだ。

それを口移しで送る訳である。


と、その時グレンは目を覚ます。


「う……。うーーん。ここは? 俺はなんで寝てるんだ……?」


しかし、ことは遅かった。

必死になるゴリゴスにそんなことは気がつかない。

ゴリゴスの分厚い唇はグレンの顎ごと包みこみ、強烈に空気を送り込む。


ブォオオオオオオッ!!


「んんーーーーーーーー!!」


グレンの悲痛な叫びが、鼻腔を通って空に響いた。



◇◇◇◇


グレンはいつものように元気になり、何事もなく復活した。


「ゴリゴスてめぇこの野郎ぉ! 俺は人工呼吸の前に気がついてたんだぞ! それを……、てめぇこの野郎! 俺のファーストキスを奪いやがってぇえ!」


初めてだったのか……。

それはなんともご愁傷様だ。


ゴリゴスは顔を赤らめた。


「グレン様……。おいどんも初めてでごんすよ」


「顔を赤くしてんじゃねぇぇええ!!」


リリーは鋭い顔つきになる。


「グレン様! そういうの古いですよ! 今は性別差無く恋愛が許された時代ですから!」


「うるせぇ! 俺はノーマルなんだ! ぶっ殺されてぇのか!」


「ヒィーー!」


ゴリゴスは感慨深く腕を組んだ。


「それにしても……。タケルどんは、やはりこのパーティーには必要な存在かもしれないでごんすなぁ。さっきの心臓マッサージもそうでごんすが、地図の読み方から何まで、彼がいた方が何かとスムーズでごんす。こんなにトラブル続きなのはタケルどんがいないせいでごんすよ」


ゴリゴス殿、やっとわかってくれましたか……。


レイーラは腕を組んで難しい顔をした。


「…………」


彼女は何も言わないけれど、グレンが失態続きだからきっと後悔しているのね。

将来性がない男にレイーラさんはなびかない。

みんな、やっとわかってくれたみたいね!


リリーは明るい笑顔を見せた。


「じゃあ、みんなでタケルさんを迎えにいきましょうよ! 何度も謝ればきっとわかってくれるはずですよ! タケルさんは優しいから!」


とても良い提案だと思う。

ああ、でも問題は1人いるのよねぇ。


グレンは凄まじい形相と化す。


「ざけんじゃねぇえぞぉぉおお!! てめぇら! 俺の断り無しに何勝手に話を進めてんだよ! タケルをクビにしたのは俺なんだ! あんな無能は絶対にパーティーには入れん!! 絶対だぁ!!」


グレンは力強く腕を組んだ。


あちゃぁ……。わがままな子供が、頑なに反抗するモードに入っちゃったよ。

でもね、さっきのワーウルフの槍だって、タケルがいれば絶対に刺さらなかったんだから。

彼がいた方が絶対的、圧倒的に有利なのよ! 彼は確実に必要な存在なのよ!


しかし、私達の気持ちなど、グレンには微塵も通じなかった。


「いいかてめぇら! 今後一切! タケルの名前を出すなよ! あんな奴がいたって、俺達の戦力に変わりはねぇーーんだ! わかったか!!」


「「「…………………………」」」


沈黙。

もう黙るしかなかった。


グレンは劣勢な立場を覆せず、それを払拭するように強がった。


「へんッ! 俺は勇者なんだ! 王に選ばれた名誉ある存在なんだ! それを忘れんじゃねーーぞ!!」


はぁ……。本当に、彼が勇者じゃなかったら早々に見限っているだろうな。


私が呆れていると、グレンは近寄ってきた。


「な、なぁ、シシルルア。俺が死にそうになって悲しかったか?」


「……はぁ。まぁ、グレン様に限らず、仲間の死は悲しいものです」


「じゃ、じゃあさ! 生き返った褒美にさ。キ、キスしてくれよ! ゴリゴスに汚されたままじゃ、死んでも死にきれねぇ!」


は? 何、その理論? 

全く理解できないんだけど……。


「なぁ頼むよ! シシルルア〜〜! んんんんーーーーーー!」


そう言って目をつむり、私にキスを求めてきた。

私はそんな彼の手を優しく握った。


「お! シシルルア! お前はやっぱり優しい奴だな! キスしてくれぇ〜〜。んんんんーーーーーー」


最大の力でも死なないだろう。

これは目覚めの魔法なのだから。



「補助魔法ショック」



バチン! バリバリバリバリバリバリ!


デイイーアの街まで残り5キロ。

その街に聞こえるほど、グレンの絶叫が轟いた。




「ぐぎゃああああーーーー! 痺れるぅううううーーーー!!」

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