第15話 タケルはラッキーマン

「俺もできればバルバ伍長の隊に戻りたいですね。しかし、国王がなんというか……」


俺の言葉に伍長は喜ぶ。


「そ、そうか! お前がその気なら、私が国王に伝えておくよ!」


ウットイ兵士長は怪訝な顔。


「バルバ伍長! こんな奴の再入隊は必要ありません!! だいたい、こいつは運が強いだけのラッキーマンなのです!!」


始まった……。ウットイ兵士長にとって俺はただ運が強いだけの男のようだ。

やれやれだな。


彼の怒号は続く。


「タケルは、城兵の武術大会で優勝し、勇者パーティーに参加するという名誉を勝ち取った! しかし、そんなものは偶然の産物に過ぎないのです!!」


俺と伍長は目を細めた。


「こいつは! この男はですね! 武術大会では何もしなかったのですよ!! ただ突っ立ているだけ!! それで何故か優勝してしまった!!」


バルバ伍長は苦笑い。


「ま、まぁ。私もあの試合はラッキーだったと思うがな……」


「そうでしょうそうでしょう! 城中でももっぱらの噂話! タケルは運で勝利するだけのただのラッキーマンなのです!!」


うむ。これに関してはもう何も言うまい。 

そもそも、俺は武術大会などに興味がなかったのだ。

ウットイ兵士長が無理矢理に俺を参加させただけである。

おそらく、俺が無様に負けて、俺の格を下げるのが目的だったのだろう。

なんだかそれも癪なので、気まぐれで優勝しただけだ。

参加者はみな普通の城兵。そんな連中に俺が負ける訳もなく。

あからさまな強さを見せつけては、みんなが引いてしまうからな。

俺はただ突っ立ているように見せかけただけで、その実は、神速を使って、対戦相手を場外に追いやったのだ。

みんなからは、相手が勝手に場外へ落ちたように見えたのである。

それ故に、俺はラッキーマンの噂が立てられ、俺の幸運が勇者の助けになると思った王様は、俺を勇者パーティーに参加させたという訳だ。


無言を貫く俺の傍、ウットイ兵士長の怒号は、いつしか俺を罵倒することで得られるカタルシスに代わっていた。


「こいつは実力が運だけの無能なのです! 勇者パーティーをクビになったのがなによりの証拠!!」


うむ。言わせておこう。

元々、俺の仕事ではなかったのだ。

クビになって良かったとさえ思っている。


しかし、何故かバルバ伍長は俺のフォローを言い始めた。


「タケルは頭が切れる男だ。しかもよく気が利く。それになにより、優しくて周囲からの信頼が厚いのだ。こやつには戦闘力以外の魅力が存分にあるのだぞ!」


ああ、伍長。それは火に油だ。


「バルバ伍長!! 騙されてはいけません!! こいつは何もできないただの無能!! 兵士の風上にも置けんのです! こいつの夢を知っていますか?」


「た、たしか、優雅にお茶することだったな」


「そうです! 履歴書を見た時に私は笑ってしまいましたよ! 戦うことを嫌う腑抜け野郎なのです! ぐうたら城兵! ポンコツ兵士!!」


ウットイ兵士長は俺を一瞥すると見下すように笑みを見せる。


「だいたい。お茶なんて弱い女のやること! フッ……情けない」


これにはマーリアが黙っていなかった。


「それは偏見です! お茶を優雅に楽しむことを男の人がやったって良いと思います!」


「ママジャンの姫ともあろうお方がなんとも緩いお考えですね! 今、世界は魔王と戦っているのですよ! それなのに城兵の夢がお茶などと、ありえませんな」


「そんなことありません! そ、それにタケル様は私を助けてくれているのです!」


「ふん! そもそも、どうしてママジャンの姫がこんな所に1人で来ているのです? 闘いは兵士の仕事でしょう!」


「そ、それは……民を……。苦しむ人々を私の力で救ってあげたかったのです」


「はんッ! あなたの細く美しい腕では、とても活躍するようには見えませんがね!!」


「……お、女でも闘えます!」


「無理ですね。あなたのか弱い身体ではとても務まりません。それに、一国の姫君に何かあれば、内政に影響が出るでしょう。軽率な行動ですね」


「そ、それは……し、しかし呪術士をなんとかしなければ、苦しむ人が増えるのです……」


「姫が呪術師退治ねぇ……。くくくっ……」


マーリアは下唇を噛む。

これには俺の顔色が変わった。

ウットイ兵士長の前に立つ。


「なんだ!? タケル!!」


俺は兵士長を睨みつけた。






「闘う者は美しい」






彼は汗を流す。


「な、なんの話だ!?」


困惑するウットイ兵士長に、俺は言い切る。





「彼女に謝れ」





目を見張る兵士長。



「な! き、貴様ぁぁああ! この私に、め、命令するのかぁ!?」



「マーリアは意を決して、困っている人の為に国を出て呪術士退治に踏み切ったのだ。彼女の意思を尊重しろ」



「ふ、ふざけるなよぉ、タケル・ゼウサード! もうそんな話はどうでもいい! その口の利き方が許せんのだぁ!!」



ウットイ兵士長は俺の襟首を掴み上げ、俺の身体を持ち上げようとした。

しかし、俺の身体は持ち上がらない。微動だにしない俺に戸惑いを隠せないでいた。



「くっ! この! な、なんで持ち上がらん!?」



「彼女に謝れ」



「あ! この野郎! またそんな生意気な口を!! む、無能の癖に!!」



バルバ伍長は、この2人のやり取りに慌てて仲裁に入った。


「や、辞めないか2人とも!!」


ウットイ兵士長は釈然としないまま、俺から手を離す。

伍長はすぐ様マーリアに謝罪した。


「マーリア様。私の部下が大変に失礼なことを口にしてしまいました。上司の私が謝罪いたします。誠に申し訳ありませんでした」


マーリアは俺の方をチラチラと見ながら、顔を赤らめた。


「いえ……。タケル様にかばってもらったので、何も気にしていません」


「ありがたきお許しのお言葉! 感謝いたします!」


きちんと謝罪をした後、バルバ伍長は目を細めた。

俺の耳元で囁く。


「随分と手籠にしたものだな」


「……そんなことはしていません」


「ふーーん。……ところで、今晩は空いているか? 積もる話もあるしな。2人きりで晩飯をどうだ?」


「いえ、うれしいお誘いですが、行けそうにありません。呪術士の件が解決しませんと」


「そうか……。そうだな……。仕方ないか……」


バルバ伍長は俺から離れ際、俺の腕をつねった。


「この、女ったらし!」


少しだけ舌を出す。


やれやれ。困った上司だ。


こうして、バルバ伍長の小隊は俺達と別れた。

去り際まで、ウットイ兵士長が俺達に対してぶつぶつと文句を言っていたのはいうまでもない。


もうすぐ日が暮れる。

俺達は、今晩ゆっくりと休める宿を探して歩き出した。

マーリアはソワソワとする。


「何か言いたそうだな?」


「……あの銀髪の女の人。バルバさんと言いましたね」


「ああ、俺の上司だ。悪い人じゃないよ」


「それはわかっています。その……」


「どうした?」


「綺麗な人でした!」


「……ああ、そうだな。城兵内でもトップレベルの美人さ。兵士なのに貴族にも求婚されているんだ。なのに恋人を作ろうとしないんだよ。変わった人だよな」


「タケル様は何もわかっていません!」


「なんの話だ?」


「もう! タケル様は、その辺がかなり鈍感なのですね。マーリアは心配です!」


「なんの話だよ?」


マーリアは俺の腕を掴んで自分の身体をくっつけた。


「お、おい」


「こうしておかないと、また私は凍ってしまいそうです!」


やれやれ。マーリアは疲れているんだな。

自殺を決意したり、呪いが発症したり色々とあったからな。

無理もない。

しばらくは彼女が気が済むようにさせてやろう。


俺とマーリアは宿を求めて歩き始めたのだった。

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