第7話 何者

 

ーー街の中央時計台ーー



男は、黒ずくめでボロボロのスーツを着ていた。

目は鋭く、歯はギザギザで鋭い。

20代くらいに見える。ハスキーな声だった。

細長い望遠鏡を持っている。それを使ってマーリアを観察していたのだ。

俺は、川辺のベンチから怪しい息使いがこちらに向けられているのを感じとったという訳である。


男は、正体不明の俺に困惑する。


「お、お前、何者だ!? ママジャンの者か?」


何者か……か。

ふ……。

俺、自身、自分が何者かわからない。

なぜ闘神の力を持っているのか、俺が聞きたいくらいだ。

しかし、こんな奴にそんなことを伝えてもどうにもならんな。


「俺はスタット王国の城兵だ」


「城兵ぃいい〜〜?」


男は俺の胸に付いた王国のエンブレムを見て笑った。


「ひゃはッ! 城兵がなんかすげぇ力、持ってるじゃねぇか!」


「彼女の呪いを解け!」


「ぶはッ! マジかよ! いいねぇ〜〜。正義の味方だ! お前、名前は?」


呪術士に安易に名前を教えるのは危険行為。そんなことは常識である。


ふっ……。と笑う。


「タケル・ゼウサード」


「ヒャハッ! ぶっ飛んでる!」


俺は不敵に笑う。

男は簡単に名前を教えた俺を見下すように笑った。


「タケル・ゼウサード……。呪術士に名前を教えるなんてな。それがどんな行為か知ってんのかぁ〜〜? くしし……」


「呪術は万能ではない。名前くらいでは発動させられないだろう。俺の身体に触れたいんじゃないのか?」



「…………」



「俺の髪の毛……爪……血液。そんな物でも呪いの術式には十分か……」



男は図星をつかれたようだった。

その顔からは笑みが消え、ただ睨む。


「……お前。マジで城兵か?」


「嘘はつかんさ……。もう一度言う、彼女の呪いを解くんだ」



沈黙。


男は俺を睨み続けた。

それは、俺の未知の力を警戒する心の現れだった。


やれやれ、こういう手合いは圧倒的な力の差を見せつけないと言うことを聞きそうにないな。


沈黙を破ったのは奴の方だった。

奇声を発し俺に飛びかかる。



「ヒャッハーーッ!!」



その行動に恐怖したマーリアが悲鳴を上げる。




「きゃあぁッ!!」




スキル闘神化アレスマキナ 神眼発動。


全てはスローモーションに見える。


まずはマーリアの安全が最優先だ。


俺は奴の攻撃の軌道を確かめた。


超スピードで側面に移動し、死角から俺に向かって直接攻撃。

マーリアは範囲外だ。

ふ……俺をなんとか倒したいらしいな。

俺にとっては大した速度ではない。警戒するのは奴の手の平のみか。

触られなければ恐るるに足らん。


俺は微動だにせず、裏拳を男の頬に食らわせた。



「フン!」



それは奴が俺に触れるより速く、正確に命中しドグワシャ! と音をたてた。


「ハギャァッ!」


男は情けない声をあげて地に伏せる。

鼻血をダラダラと流しながら上半身を起こした。


「き、きさまぁぁぁぁあああああ!!」


「大人しく俺の言うことを聞いておいた方が身の為だぞ。顔の形があるうちにな」


男は汗を滝のように流した。

奇妙な笑みを見せる。


「…………へへ。お前、強いな。気に入ったぞ……」


奴は俺と自分の力の差を自覚したようだった。


「俺の名はジャミガ。お前に敬意を称してやる」


「ふ……。悪党の敬意などいらん」


「お前を呪ってやる……」


「やってみろ。俺に近づけばお前の身体はボロボロになるぞ」


「お前……。一体何者なんだ? その力……只者じゃない」


ジャミガと名乗った男の下半身はドロドロと真っ黒い液体と化していく。


なんだこの現象?


奴は笑った。


「お前を呪ってやるぞ! 気をつけろよぉ〜〜。食事してる時も寝てる時も、便所で糞してる時もなぁ!!」


瞬く間にジャミガの全身は液状化して、床の隙間に溶け込む。

顔と思われる部分のみが残った。



「ひゃっはッ! お前が呪われて絶望する所が見たい! もうそこの女なんて興味ねーー! お前の隙を見て呪ってやるぞ。身体を触れば俺の勝ちだぁ! お前を苦しめてやるぅぅうう!!」



逃げるつもりか? そうはいかんぞ。


俺は奴の顔めがけて正拳突きを食らわせた。



「ふん!」



俺の拳は床に命中しドゴァ! と大きな音を出す。

しかし、床が爆ぜただけで手応えがない。

どこからともなく奴の声が響く。


「パワー、スピード、知力。どれをとっても桁違いだ。お前は今まで出会った人間の中で最も強い。これからは十分に警戒するとしよう。タケル・ゼウサード。裏拳の恨みは倍にして返してやるからな。覚えていろ!」


「安心しろ。きさまの言葉を覚えるほど俺は暇ではない」


「くっ……このぅ……ぐぬぅ……」


この言葉を最後に場は静まり返り、ジャミガの邪悪な声は聞こえなくなった。

マーリアは不安げな顔を見せる。


「タケル様……」


「すまん……。どうやら逃したようだ」


「いえ、気になさらないでください。あなたが無事ならばそれで……」


……液状化するスキルや呪文なんて聞いたことがない。

ただの呪術士にしては不可解だな。


「タケル様。お怪我はありませんか?」


「ああ……大丈夫だ」


やれやれだ。あんな危ない奴がこの街にいるとはな。

マーリアが一国の姫ながらに立ち上がった気持ちがよくわかる。

あんな奴を放っておけば、どれだけ呪いの被害者が出るかわからん。

なんとしても、奴の暴走は止めねばならんな。


「タケル様、申し訳ありません。こんなことに巻き込んでしまって……」


「心配するな。だ」


「え? 仕事? じょ、城兵のお仕事でしょうか?」



俺がか………か。



闘神の力がなんの為に授かったのか、ほんの少しわかった気がする……。

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