第三十二話 元最強戦士の武勇伝
「ちょっと、それじゃあわたしが何もしていないみたいじゃない」
ジェイクの隣の席で不満げに頬を膨らますエレオノール。
それを見て対面に座っているミランダが口を挟んできた。
「いい歳して子供みたいな仕草はやめてお母さん」
「まあ! 子供のあなたがよく言うわ」
「私はもう成人しているわ」
母娘喧嘩を始めるミランダの横には、仏頂面のラルフがカッチカッチのステーキにナイフを立てている。
ラルフはしばらくして刃が立たないのでナイフを放り出してワインに口を付けた。
「まるできみがケモンファルガーを倒したかのような口ぶりだ」
「ちゃんと話を聞いてなかったのか? おまえも一応、俺のフォローとして活躍させてやっただろう」
「他のメンバー達のフォローもあったからこその勝利だ。エレオノールが最後の魔力を振り絞って回復をしてくれていなかったら、立ち上がり剣を握ることもできなかった」
ラルフの言葉にエレオノールはうんうんと頭を縦に振っている。
「話しのテンポってものがあるだろう。あれくらいの流れがちょうどいい。ミランダもそう思うだろう?」
「まあ、長い昔話を聞かされるのも退屈ですしね」
それ見たことかと自慢げに笑うジェイクであるが、嫌味が含まれていることには気づいていない様子だった。
久しぶりに再会した勇者ラルフパーティーの幼馴染三人と、エレオノールの娘ミランダを含んだ四人は今、ジェイクの行きつけであるカーミラの店に来ていた。
最初は不服そうにしていたジェイクとラルフも、お酒が入ると上機嫌になり昔話に花を咲かせているので、内心ハラハラしていたミランダはホッと胸を撫で下ろしていた。
昔話も落ち着き会話が途切れる。
カウンター席で喧嘩でも始まったのか、男同士の怒号が聞こえてきた。
そちらを一瞥するとラルフが小さく溜息を吐いた。
「まったく、品のない店だ。きみはいつもこんな所で食事をしているのか」
「毎日のようにガキどもが大騒ぎしている学校と大して変んねえだろ」
「彼らは子供ではないだろう。こんな所に女性を連れてくるなんて」
「あら? わたしはべつに構わないわ。昔はよくこういう店に入っていたじゃない」
あっけらかんとして言うエレオノールにラルフは苦笑してミランダの方を見るのだが。
「私も何度かこの店には来ています。そもそも、ローレンスさんを紹介してもらったのはこの店ですし」
「カーミラか……まったく、彼女にはいつもしてやられる」
ラルフは困ったといった顔をして頭を振った。
どうやらカーミラに対して何か因縁がある様子だが、ミランダは敢えて深くは聞きださなかった。
少し間を置いてからエレオノールが話し始めた。
「子供だったのよね。わたし達」
その言葉に、ジェイクとラルフは無言で頷く。
「大人になって、ミランダを産んでからわかったの。きっと、子供だったからわたし達は戦うことができたんだって」
「どういうことだい? エレオノール」
エレオノールの言葉にラルフは不思議そうな顔をして聞く。
その問いに答えたのはジェイクだった。
「なにも知らないガキだったから、なにも考えずにいれたってことだろ」
「きみはそうだったかもしれないが、少なくとも僕は違う。苦しむ世界の人々を救いたいと本気で考えていた」
「だからそれがなにも考えてねえってことだろう」
「じゃあ、きみはなぜ僕らと一緒に魔王討伐の旅に出たんだ」
「さあな、もう覚えてない。ただ、暴れたかっただろ」
「本当に子供の考えだ。まあそれは今も変わらないみたいだが」
また険悪なムードになり始めて無言になるのだが、ミランダがぽつりと零した。
「きっと、世界が大きく見えていたんでしょうね」
ミランダの言葉に三人はハっとしてお互いの顔を見合った。
「よく、子供の世界は狭いとか言うじゃないですか。大人になると色んな世界を知っていって、社会を知るようになると。私は逆なんじゃないかなって思います」
三人は黙ってミランダの話を聞いている。
「人は大人になるにつれて色んなことを知り、自分でも気が付かない内に出来ることと出来ないことを選択して、自分自身の小さな世界を作ってしまうんだと思います」
「そうか……そうかもしれない」
「えぇ、校長先生。きっと校長先生が、大人がやらないのなら自分達がやるんだと思えたのは、まだ見たことのない世界を見ようと思えたからなんじゃないでしょうか? ごめんなさい、生意気なことを言ってしまいました」
少し照れくさそうに笑うミランダのことを、エレオノールは嬉しそうに見つめていた。
ラルフは納得したように頷くと、真剣な眼差しになる。そしてジェイクのことを見据えた。
「だとしたら僕達教育者は、そんな大きな世界を持つ子供達にどう教え導けば良いのだろうか。彼らはまだ未熟で経験がないだけなんだ。エリックの様に、家庭環境の所為で悪事に手を染めてしまう者も居る。大きな世界を見ながら、小さな世界に染まってしまう子供をどうしたら救うことができるのか」
ラルフは真剣に悩んでいた。
学園の様々な問題を、どのようにして解決すればいいのか。子供達をどう導けば良いのかわからないのだろ。
そんなラルフのことを見つめると、ジェイクは鼻で笑った。
「なにがおかしい?」
「いや、そんな簡単なことで悩んでいるのかって思ってな」
「簡単なことだと? 僕は真面目に」
言いかけた所でジェイクが、バンっとテーブルを叩いた。
その音に店内が一瞬静まり返る。
しばらくするとまたざわざわと騒々しくなる店内。黙り込むジェイクのことを三人は見つめていた。
そして、ジェイクがゆっくりと口を開いた。
「やりたいようにやらせればいい。間違った方向に行こうとしたらその都度、ぶん殴ってやればいい。ああだこうだと口で言うだけじゃ頭でっかちになるだけで、いざ社会に投げ出されたら何もできねえろくでなしが出来上がるだけだ」
「まるで自分に言い聞かせているみたいだな」
「ああそうさ。あの時もし……」
「あの時?」
首を傾げるラルフを見て、ジェイクは自嘲気味に笑った。
「いや、なんでもない」
あの時もし、自分のことをぶん殴ってでも止めてくれていたら。そんな愚痴を言ったところでなにも意味がないことはわかっていた。
これは自分の蒔いた種なのだ。そんな恨み節をラルフに言うのはお門違いである。
きっと、久しぶりの幼馴染同士の時間に感傷的になっただけなのだ。
懐かしさのあまり。
ジェイクは心の中で、自分自身にそう言い聞かせるのであった。
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