第三十一話 元最強戦士は最強戦士
「あれが、騎獣王ケモンファルガーの居城か……」
領地一体を見下ろせる丘の上に建てられた城を見つめながらラルフが言った。
見つめる水色の瞳は険しく、怒りと決意を滲ませているように見えた。
これまでの道程は決して平坦なものではなかった。
当然だ。
魔王軍の侵攻が始まってから五年。人間側の領地はどんどん縮小の一途を辿っている。
かつては武勲で名を馳せた名手たちも。強大な魔王軍の前に敗れ去り、領地と領民を捨てて逃げる者がほとんどだった。
中には徹底抗戦した領主の鑑のような奴らも居た。しかし、最後には皆敗れ戦場に散っていった。
王国は既に壊滅状態。本来であれば民草を守る為に先頭に立つべき貴族や王族達は皆、中央へと逃げて行った。大きな街はまだ余力もあるだろう。しかし、広い領土に点在する小さな村々や町は魔王軍に蹂躙されていった。
皆諦めていた。最期の時が来るのをただただ待ち、生き延びているだけ。いや、果たして生きているなんて言えるのだろうか。
俺には到底、そんな生きながらに死んでいるような暮らしは受け入れられなかった。
「俺も同じ思いだジェイク」
ある日、なんとなくこの鬱屈する気持ちをラルフに話した時に返ってきた答え。
こいつとは生まれた時から家が隣同士の幼馴染だ。
だからと言って決して仲良しというわけではなかった。しょっちゅう喧嘩をしていたし、俺の方が身体もデカくて強かったからいつも泣かしていた。
ぼこぼこにぶん殴ってやると泣きながら反撃してくる。でも絶対に負けを認めなかった。もうやめようと言うと、だったら自分の勝ちだと言って譲らなかった。
弱いくせに意地を張って絶対に負けを認めない。あいつの目はいつだって自身に溢れていた。
俺はそんなラルフの野郎が大嫌いだった。
あいつが俺に向ける眼差しがいつも鬱陶しくてしかたなかった。
エレオノール。
ラルフと一緒に居られたのは、彼女が居たからだ。同年代では村一番の良い女だ。
彼女が俺達の間にいなければ、誰がラルフの野郎なんかとつるむかよ。そう思っていた。
「俺も同じ思いだジェイク」
「本当かよラルフ。おまえ、とても魔王軍に歯向かおうなんて玉には見えねえがな」
「俺は、やつらが許せない。人々の平穏な暮らしを脅かし、大切な人達の命を奪う。そんな魔王軍の奴らを許せないんだ」
こういうところだ。こいつはなにもわかっちゃいねえ。そういうんじゃねえんだよ。俺はただ単に気に入らないだけだ。むしゃくしゃするだけなんだ。上手くいかねえ、思うようにならねえこの世界が腹立たしいだけだ。その怒りの矛先が魔王軍ってだけだ。あいつらなら、どんなにぶちのめしてやっても文句を言う奴はいねえ。ただそれだけだ。最初はそれだけだったんだ。
「くそおっ! 誰か、立ち上がれる奴はいねえのかよっ!」
俺はなんとか剣を支えに立ち上がる。
周りを見渡すとパーティーメンバー達が地面に転がっていた。そう形容するのが一番しっくりきた。糸の切れた操り人形のように地面に張り付いている。
俺も辛うじて立ち上がることはできたが、果たしてこの先どこまで戦うことができるか。
目の前で仁王立ちする魔王軍最高幹部の一人、騎獣王ケモンファルガーを睨み付ける。
「人間、貴様名はなんと言う?」
「ああ? なんだよ突然」
「俺の愛馬の首を叩き斬り、更には左腕を切り落とすとは見事な剣の腕前だ。名も知らずに殺すのは惜しいと思ったまでだ」
ケモンファルガーが跨っていた獣を殺ったのは俺だ。でも、奴の左腕を切り落としたのはラルフの野郎だ。
そう思っていると、ケモンファルガーの視線に気が付く。奴は俺を一瞥した後、その後方に視線をやった。
つられるように俺も振り返ると、そこにはふらふらと立ち上がるラルフの姿があった。
「生きてやがったか」
「ああジェイク、きみが盾になってくれなければ危なかった」
「俺はアタッカーだぞ、タンク代りに使うんじゃねえ」
「すまない、いつもきみにばかり頼ってしまって。だから、もう少しだけ頼らせてくれないか?」
そう言って口元に笑みを浮かべると、ラルフはふらふらと前に出て行った。
「騎獣王ケオンファルガーっ! あなたのその強さ、そして我々と正々堂々と正面から真っ向勝負をしてくれたその高潔さは、まさしく獣の王と呼ぶに相応しい。だから、敬意を持ってお応えしよう! 私の名はラルフ・マッコイ、そしてあちらに居るのがジェイク・ローレンス。いずれ魔王を倒す我ら二人の名、とくとその胸に刻み、地獄への手土産とするがいいっ!」
ラルフの口上を聞いたケモンファルガーは大声で笑った。
本当に愉快そうに笑ったのだ。
「ははははは! 来いラルフ、そしてジェイク! 強き者と闘い勝つことこそが戦士の誉れ、貴様らの命、我が貰い受けるっ!」
ケモンファルガーが巨大な戦斧を振り上げて突進してくる。
それを見るとラルフが俺に目線を送った。
なにも言わない、でも俺にはわかる。こいつは俺とあいつにしかできない連携技だからだ。決める、この最後の一撃に全てを賭ける。
ラルフが駆け出した雷光一閃、まさにそう呼ぶに相応しい速さ。
まだそんな速さで動けるラルフに驚き、ケモンファルガーの巨体が一瞬止まる。
ラルフの連続剣がケモンファルガーの胴体をなます切りにする。だが致命傷にはならない。奴のタフネスさは嫌と言う程味わった。ラルフの軽い連撃を決めたところで終わらない。
そう、この連携技は、俺とラルフのツーマンセルアタック。
ラルフの連撃で相手の攻撃を封じ込め、間髪入れず俺の必殺の一撃を叩き込む技だっ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺は雄叫びを上げて跳躍、ケモンファルガーの頭部へバスターソードを振り降ろした。
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