第二十三話 元最強戦士不良トリオと絡まない

 カイルは、街外れにある工場密集地の倉庫街に居た。

 煉瓦で出来た倉庫の一つ、そこの裏手にある従業員出入り口。鉄扉のノブに手を開けると中へ入って行った。


 奥へ進むと直ぐに気が付いた。

 乱雑に積まれた木箱の真ん中辺りに、すっぽりと出来たスペース。

 その真ん中に、椅子に縛り付けられた誰かの姿があった。

 目隠しに猿轡をされた人物は、自分と同じ学校の制服を着ていた。

 カイルは、それがマルクであるとすぐに気が付いた。


「マルクっ!」


 マルクの名を叫ぶと駆け寄ろうとするのだが、積み上げられた木箱の上から鉄の棒のような物が降ってきて、カイルの目前で音を立てた。

 上を見上げると、そこに居る人物を見てカイルは絶句した。


「よーぉ、カイル。久しぶりだなぁ」


 ふらふらと立ち上がり、滑り落ちるように降りてきたのはエリックであった。

 エリックは見るからに体調不良の様子で、酷く顔色が悪く額には大粒の汗が滲んでいる。


「エ、エリック……マルクを離せ」

「ははは、なにビビってんだよ。声が震えてるぜ」

「い、いいからマルクを離せっ!」


 カイルは、震える身体を押さえつける為に大声を上げた。


 ジェイクと別れた後、マルクに連絡をしようと取り出した魔導フォン。

 しかし、先にコンタクトを取ってきたのはマルクの方からだった。

 SNSアプリの画面に付いた着信アリのマーク。アプリを立ち上げるとマルクからのメッセージだった。

 しかし、そこに映し出されたのは、エリックの手によって椅子に縛り付けられるマルクの姿であった。

 メッセージが既読になったことに気が付くと、この場所の住所が書き込まれた。



 ―― 今日中に来なければ殺す ――



 当然、一人で来いと言うことだ。親や警察、学校関係者に報せるわけにはいかなかった。

 エリックはどう見ても、正気ではなかった。酷く苦しそうな表情で目も座っている。ぜえぜえと呼吸も荒く、薬でもやっているのだろうかと思った。

 もしどうだとしたら、何を仕出かすか本当にわからなかった。


「エリック、体調が悪いのか?」

「ああ? 体調が悪いのかだと? ははは、これが良いように見えるか?」


 そう言ってエリックが見せてきた右手を見て、カイルは息を飲む。

 包帯で何重にもぐるぐる巻きにされた右手。所々、血が滲んで見える。

 右手を上げるとエリックの顔が苦痛に歪む、少しでも動かすだけで相当の痛みがあるようだ。


「ど、どうしたんだよそれ?」

「潰されたんだよ。親父の命令で、組の奴らにやられた。何人もの大人に押さえつけられて、ハンマーを何度も何度も叩きつけられた」

「そ、そんな、どうして?」


 カイルは自分の血の気が引いていくのがわかった。

 おそらくあの包帯の下の手が、原型を留めていないであろうことは容易に想像ができた。


「見せしめだよ。てめえの体裁の為なら、実の子供にだって容赦はしねえ。それがマフィアの世界だ」

「そ、それにしたってそんな……。と、とにかく病院に」

「あぁん? 馬鹿かてめえ、あれから何日経つと思ってやがる。もうここいらじゃ、見てくる医者なんか居ねえよ。あのソロファミリーが目を光らせてるんだ。モグリやフリーの奴だって、治療なんかしてくれやしねえさ」


 つまり、手を潰されてから数日間、エリックはずっとこの痛みに耐え続けてきたということだった。


「痛みで何度も気を失いそうになった。その度によう、てめえらとあの用務員の野郎の顔を思い出して、怒りで痛みを忘れてえっ! 憎しみで痛みを塗りつぶしてきたんだよおっ!」


 叫ぶエリックの瞳には、憎悪の炎が宿っていた。

 カイルは今にもちびってしまいそうなほどに震えあがっていた。

 なにも言えずに立ち尽くしていると、エリックがマルクに近づいて行く。

 そして、ポケットから取り出した折りたたみナイフの刃を出すと、マルクの首筋に押し当てた。


「やめろエリック! なんで? どうしてこんなことをするんだよ?」


 カイルはいつの間にか涙を流していた。

 泣きながらエリックに、マルクを殺さないでくれと懇願する。

 そんなカイルを一瞥すると、呆れたように声を上げた。


「あーあー、本当にてめえはよお。どうしようもなく俺をイラつかせるぜ。一人じゃあなんにもできねえビビり野郎が。喧嘩だって碌にしたこともねえんだろ?」


 しゃくり上げるカイルは返事をすることもできない。


「俺とおまえと、なにが違う?」

「ど、どういう意味だよ?」

「俺達の親は支配者階級の人間だ。金があり権力もあり裏社会にも顔が利く」

「今、親の話がなんの関係があるんだよっ!」


 カイルの問いかけに、エリックは鼻で笑って答えた。


「関係あるさ。力のある親を持った俺達が、こうやって今対峙しているんだ。おめえはよ、散々親のことが気に入らねえって言ってたよな。親の所為で、自分は普通の子供じゃいられなかったって。だから親に反発するんだって」


 話すうちにエリックがヒートアップし始める、ナイフを持つ手に力が入り、マルクの首筋から血が滲み始めた。


「お、おいエリック、やめろ、マルクが、ち、血が」


 しかしエリックは無視して続けた。


「馬鹿かてめえはっ! 親が力を持ってるんだ、てめえのやりたいようにやればいいんだよ! 俺はそうしてきた。ソロファミリーの名前は絶大だぜ! 馬鹿な不良共なんてそれで犬のように尻尾を振ってきやがった。まあ、こいつはビビッて俺と距離を置こうとしやがったんだがな」


 エリックが、マルクの首筋からナイフを離したのを見てカイルはホッと胸を撫で下ろす。


「俺はよ。おまえらみたいなヘタレのビビりとは違うんだよ」

「は?」


 その瞬間、エリックは再びマルクの首筋にナイフを当てると横に引き抜くのであった。

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