第二十四話 元最強戦士再び駆け付ける

「マルクーっ!」


 叫びながらカイルは駆け出していた。

 マルクの首筋からは真っ赤な血液が流れ出している。

 まだ大丈夫、傷口を閉じてやればすぐに死ぬことはない。そう思いカイルは走る。

 しかし、カイルの前に立ちはだかるエリックの姿、マルクの首を斬ったナイフを向けている。

 自分も斬られる、いや刺される、当たり所が悪ければマルクをより先に死ぬのは自分かもしれない。

 一旦立ち止まって様子を見るべきか、それとも誰か助けを呼びに走るべきか、いや、そんな時間はない。

 様々な考えが頭の中を一瞬で駆け巡る、全てがスローモーションに感じた。


「カイルううううううっ! ぶっ殺してやるぜえええええっ!」

「エリックぅぅぅううっ! うああああああああああああっ!」


 カイルに向かって突き出されるナイフ。

 エリックに向かって突き出される拳。


 それらが互いに交差すると、顔面に拳のめり込んだエリックが地面を転がった。


 荒い息遣いで倒れ込むエリックを見下ろすカイル。気が付くと、右拳から血が流れていた。


「いてっ……マ、マルク……おいマルクしっかりしろ! 死ぬなよ! すぐに救急車を呼んでやる!」


 カイルはマルクの目隠しと猿轡を外すと、目隠しに使われていた布を首の傷口に押し当てた。

 そして空いている手の方で魔導フォンを取り出して救急に掛けようとした。

 しかし、魔導フォンが突然弾け飛び、持っていた左手に激痛が走った。

 一瞬なにが起きたのかわからなかった。爆発したのかと思ったのだが違った。

 顔を上げると拳銃を手にしたエリックが立っていた。


「エリック、魔導銃をまだ」

「ちげえよ。これは魔導銃なんて高価なもんじゃねえ。これは単なる鉛玉を火薬で弾きだすだけのしょぼい玩具だ。じゃなかったらてめえ、手首から先が吹き飛んでるぜ」


 血走った目でカイルのことを睨みつけながらエリックは銃口を向けている。

 カイルは逃げ出したい気持ちで一杯だった。

 怖い、痛い、死にたくない、どうして自分がこんな目に遭わなくちゃならないんだ。そんな思いが溢れてくる。


 しかし、逃げ出さなかった。

 今手を離したらマルクが死んでしまう。

 今自分が逃げ出したら、仲間を見捨てたことになってしまう。

 そんなことは絶対に嫌だった。


「エリック、もうやめてくれ。マルクが、マルクが死んじまうよ」

「あぁん? この期に及んで泣きながら懇願かよ。そんな奴、放っておけよ? な? 死んだって、てめえは痛くも痒くもねえだろ。この先てめえの人生に於いて、そいつは何の価値もねえ。いや、ここらで一人くらい知り合いが死んでおいた方がいい人生経験になるってもんだぜ?」

「どうしてそんなことを、おまえは、おまには人の心はないのかよ」


 カイルの問いかけにエリックは一瞬だけ呆ける。

 そして、口元に笑みを浮かべて言った。


「あるさ」


 エリックが引き金を引こうとした瞬間。


「そこまでだっ!」


 声が響くと、数人の警官が駆け寄ってきた。

 エリックは銃口を警官に向ける素振りを見せるのだがやめる。

 拳銃を地面に落とすと、両手を上げて抵抗の意思がないことを示した。


 エリックがお縄に付くと、後からやってきた別の警官がノロノロとカイルに近寄ってきた。


「いやぁ、危機一髪でしたねぇ」


 エイロット・イェーガー。

 蛇の様な目をした陰気な感じの刑事。ジェイクのことを目の敵にしていた人物だった。


「カイル・ジェラード君、とりあえず署に御同行……」


 エイロットが話しはじめるのと同時に、なんだか入口の辺りが騒がしくなる。

 ばたばたと足音を上げて駆け寄ったきた人物を見てカイルは目を丸くした。


「ミランダ……先生」

「カイル君、ゆっくり手を離して、大丈夫だから」


 カイルは自分の手を見ると真っ赤な血に塗れていた。

 ヌルヌルとした生暖かい感触が妙に気持ち悪かった。

 言われた通りゆっくり手を離すと、ミランダが傷口に両手をかざした。

 淡い光がエリックの傷口を包みこむと、流れでていた血が止まった。

 治癒魔法。最近では使い手が減っていると言われている魔法である。


「とりあえずこれで大丈夫。傷口は塞がったけど、流れ出た血が戻ったわけではないから、すぐに病院に連れて行かないと」


 ミランダが睨みつけると、やれやれといった表情を見せてエイロットはマルクをおぶって出て行った。

 カイルはなにがなんだかまだ理解できていなかった。

 どうして誰にも言っていないのに警察が駆け付けて、更にミランダまでもが一緒になってここがわかったのか。

 しかし、その答えはすぐにわかった。


「てめえかよ……」


 自分達とは少し離れた視線の先に、ボロボロになったカイルの魔導フォンを手にして立っている人物の姿を見てカイルは吐き捨てる。


「よお、無事でよかったなガキ」

「ちょっとローレンスさん! 無事じゃないですよ。危うくマルク君が命を落とすところだったんですよ」

「死んでねえんだから無事だろう、て言うかミランダ。おまえ、治癒魔法が使えるってなんで黙ってたんだ?」

「べつに、ローレンスさんに話す必要はないでしょう」


 言い争いをする二人をポカーンとしながら見つめるカイルに気が付くと、ジェイクはニヤニヤしながら言った。


「MPS(マジックポジションシステム)とか言うやつらしいぜ」


 言いながらジェイクが、ボロボロになった魔導フォンを差し出してくると、カイルはそれを叩き落とした。


「ふざけんじゃねえっ!」

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