第二十一話 元最強戦士述懐する

 カイルはもうどうしたらいいのかわからなかった。

 そもそも自分は何をしたいのか、なぜこうもなにかに苛ついているのか、それがわからなかった。

 周りの大人はクズばかりだと思った。

 金と権力、男と女、そんなことにしか興味のない連中ばかり。

 最近の若者は……なんて、おまえらに言う資格があるのか。

 今の時代を謳歌できるのは、30年前に魔族との戦争を戦い抜いた大人たちが居たからだ。だからおまえら若い者は大人のこと敬えと言う。

 戦争は悲惨だ。あんな悲劇は二度と起こしてはならないと言いながら、武勇伝を語る大人達。

 そんなことは知ったことではない。

 自分達が生まれる前に起きた出来事のことで、なぜ自分達が縛られなくてはならないのだ。


 くだらないくだらないくだらない。


 カイルは気が付くと学校の前まで来ていた。



「なにが……勇者だよ」


 そう呟くと足元に落ちていた石を校門の看板に投げつけた。

 跳ね返った石が再び足元に転がってきたことですら無性に苛立つ。

 蹴り飛ばそうとしたところで背後から声を掛けられた。


「おまえ、そんなに学校が好きだったのか?」


 振り返るとそこには、膝を手に付き、ぜえぜえ肩で息をしているジェイクの姿があった。


「おまえ……なんで?」


 問いかけに答えないジェイクに首根っこを掴まれると、カイルは引き摺られて行く。


「なんだよてめえっ! 離せよっ!」

「いいからついて来い」

「ついてじゃねえよ! 引き摺って行ってんじゃねえかよ! 離せよこの馬鹿力!」


 そのまま連れて行かれたのは用務員室だった。

 用務員室に放り込まれると、ジェイクが扉を閉めて鍵を掛ける。

 カイルは唾を飲み込み辺りを見回した。

 なんだか酷く散らかっている。床には煙草の吸殻や空いた酒瓶などが散乱していた。


「掃き溜めみてえな場所だな」

「ああ、おまえみたいな奴らが溜まり場にしてたからな」

「ああん? どういう意味だよ?」


 馬鹿にしたように笑うジェイクにカイルは苛立つ。


「てめえ、なんのつもりだよ? からかったことの仕返しか?」

「さっきから、なにをそんなにカリカリしてんだよ?」


 ジェイクの言う通りであった。なぜこんなにも苛つくのか、もうわけがわからなかった。

 なにも答えられずに黙り込んでしまうと、ジェイクが小さく溜息をついて話しはじめた。


「なにもかもが気に入らねえか?」

「うっせえな……説教かよ」

「ああ、説教だ」


 こんなやり取りをだいぶ前にもした記憶がある。

 この用務員のおっさんが、なぜこんなお節介を焼くのか理解できなかった。


「おまえくらいのガキの頃には、俺もそんな感じだった。周りの奴らがムカついてしょうがなくて、喧嘩ばかりしていた」

「はあ? てめえが? 嘘くせえな」

「嘘じゃあない。腕っぷしだけは強かったんだよ、腕っぷしだけはな。そのおかげで、魔王軍と戦うはめになった」

「よ……傭兵だったのか?」


 ジェイクが元軍人か兵士だったと知り、カイルは少し緊張する。

 河原でエリックとやりあった時の戦いぶりは、確かに常人とは思えないものだった。


 しかし、帰ってきた答えが更に意外なものだったので、カイルは唖然としてしまった。


「俺は、勇者ラルフのパーティーにいた」


 なるほど、そのコネでこの学園にやってきたのかと納得する。

 しかし、さらに続く言葉にわけがわからなくなった。


「だが、魔王討伐の旅に出て三年で、俺はパーティーを追放された」

「な、なんでだよ? 校長の財布から金でもくすねたのか?」

「そんな理由の方がわかりやすくてよかったんだがな。ラルフの野郎は、いや、パーティーの全員が、俺の傲慢な態度が気に食わないって言って追放しやがったんだよ」

「ははは、なるほどな。昔からクズだったんだな」


 そう言うとジェイクが笑った。

 嫌味のつもりだったが、ジェイクが怒りもせずに笑ったので拍子抜けしてしまった。


「俺がパーティーを強くしてやった。俺が居たから数々の魔王軍幹部を倒せた。俺が居たから誰一人仲間が欠けることなく戦い抜けた。そんな俺の強さを仲間達は憧れ尊敬し頼りにしてくれていた」


 いい加減、自惚れがすぎるだろうと思っていると、ジェイクが自嘲気味に笑って言った。


「全て俺の勘違いだった」

「ああそうだぜおっさん。仲間なんて言っても所詮は他人だ。血の繋がった親兄弟ですらそうだってのに、赤の他人がどうして信用なんてできるんだよ」

「ちがうなガキ」

「は?」


 さっきまで笑っていたジェイクが、今度は真剣な眼差しで見つめてくるので、カイルは目を逸らしてしまった。


「なにが、違うんだよ?」

「信用してなかったのは俺の方だ」

「どういう意味だよ?」

「俺は自分が最強だと思っていた。俺さえいれば他の奴らの力なんて必要ないとさえ思っていた。そんな俺のことを、仲間達が信用しないのは当然だった」

「はっ、今さら後悔かよ」

「ああ、後悔している。その所為で俺は、糞みたいな人生を送って来た。もう二度とその時間はやり直せねえ」

「くだらねえ話だ。もういいだろ、帰るぜ」


 立ち上がろうとするカイルのことをジェイクは止めようとはしなかった。

 出て行こうとしたところで最後にジェイクが言う。


「おまえの居場所を教えてくれたのは、マルクって言う奴だよ。おまえとエリックといつも一緒に居た仲間なんだろ?」


 カイルは振り返らずに答える。


「仲間なんて……いねえよ」

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