第十六話 元最強戦士と大都会

 ミランダは魔導フォンが振動したので着信だと思いバッグから取り出した。

 画面を見るとジェイクの名前が表示されていた為、すぐに通話ボタンを押して電話に出る。


「ローレンスさん?」


『ミランダ、イエーガーの連絡先を教えろ』


「え? なんですか? 今どこに居るんですか?」


 突然エイロットの連絡先を教えろと言い出すジェイクに困惑する。

 校長室を飛び出して行ってから、なんどか連絡したのだが返信がなかったので心配していた。


「イエーガーさんと連絡を取ってなにを?」


『あいつはマフィア共とグルだ』


 ジェイクの説明にミランダは驚きの色を隠せない。

 いつの間にか携帯を持つ手に力が入り、汗ばんでいるのを感じた。


「それが本当なら、いよいよもって一般市民の私達が手を出せる案件じゃないですよ」


『知ったことか、ぶちのめして全て自白はかせてやる』


「そんなやり方じゃ相手の思う壺ですよ。ローレンスさん、マッコイ校長が動いてくれています。それまで、ローレンスさん? ローレンスさん?」


 電話は切れてしまっていた。




 ジェイクは、直接エイロットを呼び出そうと思っていたが、仕方がないのでそのまま警察署に乗り込むつもりだった。

 頭のいいやり方がないことはわかっていた。しかし、それ以外に方法が思いつかなかった。なにより、もう暴れ回らないと気が済まなかった。


 タクシーを捕まえようと通りに出ると、目の前に黒塗りの車が止まった。

 見覚えがあった。それは、カイルを送迎していた高級車であった。

 運転席から、初老の男が降りてくる。

 リチャードが会釈すると、ジェイクは眉を顰めて尋ねた。


「あんたたしか、カイルの」

「はい、ぼっちゃまの身の回りのお世話をさせて頂いている。リチャード・モーリスと申します」

「で、俺になにかようか?」

「少し、流しながらお話ししませんか?」


 なにかの罠かと思うが、敢えて飛び込んでやろうとジェイクは、リチャードに促されるまま車の後部座席に乗り込んだ。


 リチャードの運転する車は、環状高速道へと入って行く。

 流れる王都の景色を見つめていると、リチャードが口を開いた。


「王都も随分と様変わりしてしまったものです」

「そうだな」

「30年前はここまで大きな都市ではありませんでした。戦争で全てを失い、蘇った王都は、まるで得体のしれないモンスターのように成長していったと私は感じているのですが、おかしいでしょうか?」

「言いたいことはわかるけが、そんな話をする為にわざわざ俺を呼びとめたのか?」


 戦前と戦後、二つの時代を知る世代だからこそ共有できる感覚であったが、今はそれに浸っている時ではない。

 リチャードが何を言いたいのかわからず、ジェイクは苛立ち始める。


「ぼっちゃまの置かれている状況を御存知ですね?」

「ああ、あんたの方こそよく知ってるな」

「ほっほ、昔取った杵柄です。この街のことなら、裏の裏まで知っていますよ」


 なるほどと思った。

 リチャードは年代的に戦争に参加していた世代だ。カイルを送り迎えしていたときの動作も軍人然としていた。

 その時の情報網を持っているのか、或いはジェラード財閥のものかはわからないが、とにかく一筋縄では行かない相手だと思った。


「ジェイク・ローレンスさん。あなたがカイルぼっちゃまの為に動いていることは存じております」

「あいつの為かどうかはわからんがな」

「今回は折り入ってお願いがあってまいりました」


 リチャードが畏まって言うので、ジェイクはとりあえず話を聞くことにした。


 カイルの置かれている状況。

 今回のことは、家庭内の不和が原因の一つであることは間違いなかった。

 子供を顧みない父と母に、カイルは反発するかのように、外に居場所を求めた。

 家では従順な子供を演じ、外では反社会的な不良を演じる。

 思春期にありがちな反抗期とも言えなくはないが、やはり親の影響、特に父親が原因だと、話を聞いてジェイクは思った。


「数日前に警察がお屋敷にやってきました。事情を聞きたいということだったのですが」

「エイロット・イエーガーか?」

「いえ、その時は別の警官です。旦那様は、ぼっちゃまが警察の厄介になるようなことをしたと酷くお怒りになられて。その時は、追い返したのですが」

「子供を守ったんじゃないのか?」


 尋ねると、リチャードは小さく首を振り溜息を吐いた。


「旦那様はぼっちゃまに、こう仰られました。今回のことは揉み消してやるが、二度と親の手を煩わせる様なことはするな。でなければ、この家におまえの居場所はない。と……」


 その直後、カイルは家を飛び出して行方不明だという。

 親が実の子を追放するなんて、家を追われた子供に行き場があるわけがない。

 ジェイクは腸が煮えくり返る思いだった。



「ローレンス様。どうかカイルぼっちゃまをお救い下さい。私はあの子が不憫でなりません。戦時中にも親兄弟を亡くした子供達を沢山見てきました。それでも、そんな彼らにも仲間がいました。親を亡くした者同士、いや、戦災にあった者同士が寄り添い助け合って生きてきました。ですが今は……」


 リチャードはそこで言葉に詰まってしまった。

 言いたいことは理解できた。


 一度焼け野原となった王都は蘇った。

 戦前よりも、遥かに近代的で豊かな都市となった。


 しかし、聳えたつ高層建築物に冷たく見下ろされる人々は、その心さえも冷え切ってしまったのではないかと、ジェイクは思うのであった。

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