第十五話 元最強戦士黒幕を知る

 開店前、カーミラがいつもの様に仕込みをしていると、突然店の扉が勢いよく開けられて誰かが入ってきた。

 それがジェイクだと気が付くと、カーミラは準備の手を休めて話しかけた。


「なんだい血相を変えて? そんな我慢できないくらい酒が飲みたいのかい?」


 冗談交じりに言うのだが、ジェイクは真剣な表情でカウンターに右手を叩きつけた。


「な、なんだよ?」

「今持ってるあり金全部だ、足りない分は後で払う」


 カーミラは早出の従業員に目配せして出て行くように促す。

 顧客の情報は、たとえ従業員であったとしても知られないようにするというカーミラの配慮であった。

 従業員達がバックヤードに行ったのを見て話を切り出した。


「あんたがちゃんとした依頼なんてめずらしいね。で、要件は?」

「こないだぶちのめした奴らだ」

「あー、あんたんとこの生徒が来たときのだっけ?」

「そうだ、奴らのヤサが知りたい」


 カーミラは躊躇する。

 なにをそんなに躍起になっているのかはわからないが、ジェイクが踏み込もうとしているのは、かなり危険なことであるとわかった。


「あの生徒の為なのかい?」

「俺は、誰かの為だなんて偉そうなこと言える程デキた人間じゃない」


 ジェイクは目を伏せた後、ゆっくりとカーミラの目を見つめた。

 その眼光に一瞬ドキリとする。


「ただ、俺みたいになる必要はない」

「言ってる意味がよくわからないけど、あんたが本気だってのはわかったよ」


 そう言うとカーミラはメモ帳になにかを書いて渡した。

 それを受け取ると、ジェイクは簡単に礼を告げて出て行った。


「やれやれ、一瞬ドキっとしちまったじゃないか」


 従業員達がバックヤードの影からニヤニヤと覗いているのを見て、カーミラは早く開店準備をするように言うのであった。




 ドヤ街の端の区画にある雑居ビルの一室。

 スネークはスキンヘッドを撫でると、仕入れたばかりのドラッグを品定めしていた。

 最近はやたらと出来の悪い合成麻薬が出回っている為に非常に迷惑をしていた。

 あれは安く手に入る上に非常に依存性が高い為に、客足が遠のくからだ。


 スネーク達にもプライドはあった。

 自分達は、あんな質の悪い者を売るほど落ちぶれてはいない。

 ワルとしての矜持がある。薬物中毒で馬鹿が死ぬのは勝手だが、中毒者を蔓延させては売人としては下の下である。


「ちっ、最近のガキどもは……」


 つい愚痴を零してしまう。

 するとなんだか階下がやけに騒がしいことに気が付いた。

 なにごとかと思い椅子から立ち上がると、突如部屋のドアが蹴り破られた。

 戸板が外れ床に倒れると、見知った顔の男が飛び込んでくる。


「な? なんだてめえっ!」


 胸倉を掴んできた男はジェイクであった。

 数日前に、カーミラとか言う情報屋の店の裏で絡んできた男。

 散々に叩きのめされてからは、店に近寄らない様にしていたのだが、まさかあちらからカチ込んで来るとは思ってもいなかった。


「おまえに聞きたいことがある」

「てめえ、こんなことしてタダで済むと思ってんのか?」


 舐められたままで引き下がるわけにはいかないのだが、顔面に拳がめり込むとスネークは黙り込む。


「質問だけに答えろ」

「わ、わかったから、殴るなよ」

「あの日、おまえらはなにを揉めていた?」

「あ、あの日?」


 今度はスキンヘッドを引っ叩かれる。


「だから打つなって! 話すよ!」

「手間を取らせんじゃねえ。あのガキがおまえらに、ヤクを売る話を持ちかけたのか?」

「ちげえよ。あいつは、ヤクを引き取って欲しいって言ってきやがったんだ。処分の仕方がわからねえからって。最初はなんの冗談かって思ったんだけどよ。サバくのも捨てるのも怖くなったガキだと思ったんだよ」


 カイルがドラッグの処分に困って売人の所に来たのだと、ジェイクはようやく理解した。


「こいつの出所はわかるか?」


 ジェイクがポケットから取り出した袋を見て、スネークは苦い顔をする。

 それは、最近出回っている質の悪いドラッグだったからだ。


「心当たりは……ある」

「教えろ」

「あんた、何しようって言うんだよ?」


 またスキンヘッドを引っ叩かれる。


「なんど言わせんだよ頭を打つんじゃねえ! かあちゃんにだって打たれたことねえんだぞ」

「こいつをガキ共に売らせてるクズは誰だ?」

「おそらくソロファミリーの奴らだ……」


 ソロファミリー。

 最近、北の方から流入してきたマフィア。その一味が警察官と蜜月関係にあると言う。


「まさか……」

「えらい、汚職事件だぜ。下手に手を出したらこっちが危ねえ、だから対処に困ってるんだよ」

「その警察官ってのは誰だ?」

「イエーガーって奴だ。エイロット・イエーガー。ヤクの密売人の間じゃあ、天敵みてえなもんだ。この街じゃあ、あいつに目を付けられたらドラッグの売人なんて続けてらんねえ」


 ジェイクの眼の色が変わったことに気が付きスネークは、こりゃやばいことに首をつっこんじまったと、あの日カーミラの酒場に行ったことを後悔した。

 ようやくジェイクが手を離して出て行こうとするので、スネークはホッとした。


「あんた、やめといたほうがいいぜ、なんの得もねえだろ?」

「他人の為に戦ったってなんの得もねえなんこと、とっくの昔に身に染みてる」


 スネークはなにも言い返すことができなかった。

 そして、ジェイクが最後に行った捨て台詞。


「そうそう、ちなみにおまえら。既にイエーガーに目付けられてるからな。とっととこの街から出て行った方がいいぞ」



 スネークは、もう悪いことはやめようと思うのであった。

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