第十四話 元最強戦士は追放させない
エイロットは校長室に入ってくるなり、ラルフ達の言葉も待たずに話しはじめた。
「急にすみませんねぇ」
「な、なんのご用ですか?」
「おたくに、カイル・ジェラードという生徒がいらっしゃいますよね?」
ジェイク、ラルフ、ミランダの三人はその名に一瞬凍りつく。
「ああ、ジェラード君ですね。確か剣術課の一年に……」
「教頭先生、ちょっと席を外して貰ってもいいですか?」
何も知らない教頭がぺらぺらと喋り始めたので、ラルフがそれを制止した。
「え? し、しかし、ベルティス先生は? それに用務員はよくてなぜあたしが?」
「いいから! 外してくれたまえっ!」
ラルフが語気を強めると、教頭は言葉に詰まり渋々とそれに従う。
簾ハゲに滲む汗をハンカチで拭うと、ぶつぶつ文句を言いながら出て行った。
部屋に残った三人はエイロットへ向き直るとジェイクが口火を切った。
「あいつに何の用だ?」
「まあまあ熱くならないでください。なにせ未来ある学生が相手ですから、こちらだって穏便に済ませたいんです」
エイロットは、わかっているだろう? といった口ぶりで、ジェイクをなだめすかす。
ラルフが少し黙っているように視線で合図を送ってきたので、ジェイクは一旦怒りの矛先を鎮めることにした。
「校長先生。我々だって日々遊んでいるわけではないんですよ。とりあえずは事情聴取という形で、カイル・ジェラード君に御同行願いたいのですがぁ」
「ジェラード君は、一週間程前から体調不良で休んでまして」
その言葉に、エイロットは蛇目を細めると首を傾げた。
「おやぁ、おかしいですなぁ? 実を言うと、自宅の方には既に別の者が行ってましてね。不在のようなのですがぁ」
わざとらしい口調で言うエイロット。
顔は笑っていないが、眼の奥に下卑た笑みを浮かべているのがわかった。
ジェイクは、その回りくどい言い方に苛々が募る。
「なにが言いたい。俺の次は、あいつに疑いを掛けようってのか?」
「あなたへの嫌疑も晴れたわけではないんですけどねぇ」
睨み付けてくるエイロットの視線を躱すと、ジェイクは舌打ちで返した。
苛立つジェイクに、見兼ねたミランダが割って入った。
「となると、どこへ行ったのでしょうか? 本当に学校にも来ていないのですが」
「ふぅぅむ、それは困りましたねぇ。なにせジェラード家のご子息ですからねぇ」
ジェイクは、カイルの家が戦後に大躍進した有数の財閥であることを、酒場での一件の直後ミランダから聞いていた。
にわかには信じられなかったが、その翌日、執事が高級車で送迎しているのを見て納得したのである。
黙り込む三人を見つめると、エイロットはポケットから名刺を取り出してラルフに渡した。
「まあ、いないのなら仕方ありません。なにかわかりましたら、今度は直接私に電話をください」
「な、なぜ署ではなくあなたに直接?」
「ジェラード家が相手です。他の者ではとてもとても」
「あなたはそうではないと?」
「当然です。私は誰であろうと、犯罪者を相手に捜査の手を緩めるつもりはありませんよ」
その言葉にジェイクはエイロットに詰め寄ると、鼻先まで顔を近づけて睨み付けた。
「犯罪者と決まったわけじゃねえだろ」
「容疑者ではありますけどねぇ」
エイロットが部屋から出て行くと、ラルフは大きな溜息を吐いて倒れ込むように椅子に座った。
そして、しばらく俯き考え込むと重い口を開いた。
「もしも、きみ達の言っていたように、カイル・ジェラードが売人行為をしていたと言うのなら。苦しい決断をしなくてはならないかもしれない」
「そりゃどういう意味だ?」
「決まっているだろう。退学処分もやむを得ないと言うことだ」
ラルフの言葉にミランダは大きく頭を振り溜息を漏らす。
ジェイクも大きく息を吐くのだが、椅子に座るラルフのことを見下ろすと静かに言った。
「また追放するのか?」
「人聞きの悪い言い方をするな。ちゃんと、規則に則って行うんだ」
「おまえは結局そうやって、集団の中に面倒な奴が現れると、そいつを切ってそれで終わりにしようとしやがる」
「それは30年前のことを言っているのか? いつまで根に持っているんだ」
ジェイクはラルフの胸倉を掴んで立ち上がらせると、振り降ろしそうになる拳を必死に抑えながら言った。
「俺の話をしているんじゃない。あいつはまだガキなんだぞ、追放してそれで終わりにするつもりか」
「厄介者をパーティーから外すのとはわけが違うよジェイク。ここは学校だ。何千人と言う生徒達を、親御さん達から預かっている責任が私にはある。元勇者の学校から麻薬の密売人が、しかもそれが生徒だなんてことになったら、マスコミ達の恰好の餌食だ。生徒達を世間の好奇の目から守るにはそうする他ないだろう」
もういい加減ジェイクはうんざりであった。
ラルフのパーティーを追放されてから自分は、惨めな転落人生を送ってきたと思ってきた。
しかし目の前にいる元勇者どうだ?
正義と勇気に溢れる勇者ラルフには昔の面影など何一つなかった。
世間体を気にして保身にばかり走る、薄汚いそこいらの大人達と何ら変わりない。
そんな落ちぶれたラルフの姿に、怒るどころか最早呆れ返っていた。
「たった一人のガキも救えねえなんて、勇者ラルフが聞いてあきれるぜ」
「時代が違うよジェイク。昔の私とは、立場も責任も、なにもかもまるで違うんだ」
「ああそうかよ。別に最初からてめえになんてなにも期待してねえ。俺は一人で好きにやらせてもらう」
「きみはいつだってそうだ。自分の力を過信して、なんでもかんでも自分一人の力で解決できると思こんでいる。そうやって生きてきて、結局きみはなにを手にしたと言うんだ?」
ジェイクは、手を離すとなにも言わずに部屋から出て行った。
ラルフは再び嘆息すると席に座り頭を抱えた。
すると、残っていたミランダが問いかけてきた。
「マッコイ校長、少しいいですか?」
「なんだねミラ……ベルティスくん」
ミランダは目を瞑り深呼吸をする。
そしてゆっくり目を開けると、ラルフの目をじっと見つめて話しはじめた。
「校長の決断は間違っていないと思います」
「当然だ。私達は、カイル以外の生徒も守らなくてはならないんだ」
「理屈ではそうです。ただ感情的には、私はローレンスさんを支持します」
ミランダの言葉にラルフは驚く。
いつも無表情でほとんど感情を表に出さないミランダ。そんな彼女が、そんなことを言うとは思いもしなかった。
「マッコイ校長とローレンスさんの関係が、なんとなくだが私にも理解できました」
「水と油だよ。子供の頃からそうだ。ずっと一緒に育ってきたが、いつもああやって反発しあっていた」
もう辟易だといった感じのラルフであったが、ミランダは意外な言葉を返した。
「いいえ違いますよ校長。傍から見たらあなた方は本当に仲の良い、冷静と情熱、良いコンビじゃないですか」
そう言ってミランダが微笑むと、ラルフは「冗談じゃない」と返すだのが、まんざらでもないといった表情を見せるのであった。
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