第十話 元最強戦士事情聴取される

 カイルが着替えを終えて部屋から出てくると、階下から慌ただしい声が聞こえてきた。

 階段を降りて、エントランスへ来ると母メリッサがメイドに向かって、なにか忘れ物を持ってくるように言っている姿が見えた。

 メリッサはカイルに気が付くとゆっくりと近づいて来た。


「おかえりなさいカイル、今日は早かったのね」

「ただいま戻りました。どこかへお出かけですか?」

「ええ、モードヴィル興のディナーパーティーに誘われて」

「こんな時間からですか?」


 エントランスの端にある柱時計に目をやると、時刻21時を回る時間であった。


「そうなのよ。おそらく夜通しになるわ、困ったものよね。でも、しょうがないのよ、これもお付き合いだから。あなたもその内、顔を出さなくてはならない時がくるのだから」

「僕に社交界デビューはまだ早いですよ。ところで父上もご一緒で?」

「お父様は別のパーティーにお呼ばれ。本当に忙しいわ」


 わざとらしく言う母にカイルは、内心醒めていた。

 よくも白々しいと思う。どうせお互い若い不倫相手の所にでも行くのだろうと察しはついている。

 こいつら夫婦の関係が、もう冷え切っていることはずっと前からわかっていた。

 メイドに呼ばれると、母メリッサは迎えの車に乗って行ってしまった。


 食堂に行くと夕食の準備が整っていた。

 大きなテーブルに一人分の食器が並んでいる。

 一人席に着くと、召使いが料理を運んでくる。それに二~三口を付けるとカイルは席を立った。


「ぼっちゃま、もうよろしいのですか?」

「あまり腹は空いてないんだ。すまないけど下げといてくれリッチ」

「招致いたしました」


 自室に戻ろうとすると、廊下で父エリックと鉢合わせになる。

 エリックは冷たい目でカイルのことを見下ろした。


「戻っていたのか」

「はい、父上……」

「今日、習い事をすっぽかしたようだな」


 学校を終えてからの日課である習い事。

 様々な学問から、剣術、馬術、他にもおよそ上流階級の人間が必要とする知識や技術を身に付ける為のものを、カイルは幼い頃から学ばされていた。


「講師を雇うのもタダではないんだ」

「すいません……」


 この男はいつもそうだ。金と権力の事しか頭にない。

 若い女を外で囲うのも、それを見せつける為のパフォーマンスにすぎない。

 母はそんな父にとうに見切りをつけていた。

 カイルの父エリックは、およそ人としての愛や情などは持ち合わせていない男だった。


「明日はリチャードに直接、学校に迎えに行かせる。リチャード、いいな」

「はい、旦那様」


 リッチが恭しく頭を下げると、エリックはなにも言わずに去って行った。

 カイルは父エリックの背中を見つめ、無言のまま口元の傷を撫でた。


「ぼっちゃま、傷の手当は?」

「いいんだ、リッチ」

「ぼっちゃま……」




 翌日。


 ラルフは目の校長室に居る二人の男にチラチラと視線をやりながら、落ち着かない様子でいた。

 男の内の一人がそんなラルフに声を掛ける。


「まあ、コーヒーでも飲んで落ち着いてくださいよ校長先生」

「わたしが淹れたコーヒーだ」


 差し出されたカップを引っ手繰るように受け取ると、ラルフは一気に飲み干した。

 しばらくすると、ドアの向こうから騒がしい声が聞こえてくる。

 どうやら、待っていた人物がようやく出勤してきたようだ。

 ドアをノックする音が聞こえると、ラルフは尋ねられるよりも早く「入りたまえ」と言った。

 恐る恐るドアが開かれるとミランダが顔を覗かせる。


「失礼します」


 そしてその後ろから、ふてぶてしい表情のジェイクが入って来るなり不快感を露わにした。


「ああ、なんだよ。そういうことかよ」

「そういうこととはどういうことだ? なにか心当たりがあるのか?」


 ジャエイクの反応を見て、やっぱりかとラルフは頭を抱える。

部屋の中に居る警察官二名の姿を見たジェイクの反応。これはもう確定だとラルフは観念した。


「私は、西地区所轄のエイロットと言います。ジェイクさんですね」

「ああ、ジェイクだがなにか用か?」

「失礼ですが、ファミリーネームは?」


 ジェイクが答えようとしないので、エイロットはラルフに聞く。


「ローレンスです」

「ローレンス……ジェイク……ローレンス」


 ジェイクのフルネームもぼそぼそと呟きながらエイロットはなにか考え込んでいる。

 しばらくすると思い出したのか、被っていた帽子を取って髪をかき上げながら声を上げた。


「ジェイク・ローレンス! あの、パーティー荒らしのジェイク・ローレンスか!」


 その言葉にジェイクの表情が一変する。

 自分のことをパーティー嵐と呼んだエイロットを睨みつけると、ジェイクは握り拳を作った。

 もう一人の警察官は後輩なのだろうか、なんの話かわからずオドオドとしている。


「おまえ、俺のことを知ってるのか?」

「知ってるもなにも、傭兵達の間じゃ有名でしたよ」

「てめえ、傭兵上がりのポリ公かよ」


 終戦直後、治安維持の為に作られた兵士予備隊は、傭兵上がりの者が多かった。

 犯罪を取り締まるのには、それなりの組織と武力が必要であり、傭兵団がそのままそのポジションに入ったというのが実態で、それが現在そのまま警察組織へと変わったのである。


「俺に何か用か?」

「いやあ、実は善意の市民からの通報がありましてね」

「なんだよ、通報って?」


 ジェイクはラルフとミランダの顔を交互に見る。

 ラルフはそわそわと落ち着かない様子で目が泳ぐ、ミランダは、いつものポーカーフェイスながらも、こめかみに冷や汗をかいていた。


 エイロットはそんな二人を横目に見ながらジェイクのことを睨みつけると言い放った。


「あなたが、薬物の密売をしているというタレこみですよ」

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