第九話 元最強戦士説教する

「まあ、座れよ」


 ジェイクは自分もパイプ椅子に腰掛けると、カイルにも座るように言う。

 カイルはふてぶてしい態度でドカっと椅子に座った。


 カーミラの店を出たのはいいが適当な場所が思いつかなかったので、結局学校の用務員室に連れてきた。

 ミランダが保健室から救急箱を持ってきて、怪我の応急処置をしようとするのだが、カイルはそれを拒んだ。


「触るんじゃねえよ。こんなもん大したことねえ」

「でも、消毒くらいは」

「いいって言ってんだろっ!」


 カイルがミランダの手を払いのけるとガーゼが床に落ちる。

 静まり返る室内。しばらく沈黙が続いたのだがカイルが口を開いた。


「親を呼ぶのか? それとも警察か?」

「なんだ? ビビってるのか?」

「ビビッてねえっ!」


 ジェイクがニヤニヤと笑いながら煽って来るのでカイルは反発する。


「あんなもんどこで手に入れた? まさかおまえが自分で作ったわけじゃないだろう?」

「誰が言うかよ」

「小遣い稼ぎにしちゃ、リスクがデカすぎるだろ」

「別に金に困ってる訳じゃねえ」


 カイルのまともに答える気はない様子にジェイクは溜息を吐く。

 正直、このガキがどうなろうが知ったことではなかったが、既に首を突っ込んでしまった以上、中途半端に終わらすのもどうかと思う。


「俺としてはこのまま警察に突き出したって別にかまわない。その先おまえがどうなろうが知ったこっちゃない。俺とおまえは他人だからな」

「だったらほっとけよ」

「だが、その所為で迷惑をこうむる人間が沢山いる」

「説教かよ……」


 そうだ、これは説教であった。

 柄にもない事をやっているとジェイクは思う。同時に自分がどうしたいのかもよくわからなくなってきた。

 何をしたいのか。この不良少年を更生させる? そんなことをしたって、自分にとってなにも意味はないと思ってしまう。

 そうは思うが目の前のガキを放っておくこともできない。そんなよくわからない感情にジェイクも困惑していた。

 しばらく考えあぐねているとミランダが口を開いた。


「とにかく、まずはご両親に連絡しましょう」


 その言葉にカイルの顔が強張るのをジェイクは見逃さなかった。

 夜の盛り場で薬の売買を行っていた。そんなことを親にチクられるのは、そりゃ誰だって嫌だろう。しかし、それ以上のなにかをカイルの表情からジェイクは感じ取った。


「そこまですることないだろ。ゲンコツの一つでも打ちかまして二度とやらないように約束させりゃいい」

「そんな体罰で解決する問題じゃありません。ちゃんとご両親にも連絡して、家庭と学校とで連携してから、警察への相談はその後に」

「ガキのちょっとした悪さにいちいち親や警察を呼んでたらキリがないだろう」

「薬物がちょっとした悪さ? ローレンスさんはそんな認識なんですか」


 ハッパなんて戦時中じゃ当たり前のようにやってたので、正直ジェイクにとってはくだらない問題であった。

 しかしミランダは、これは由々しき問題だと大事にしようとしている。

 どうしたもんかと思い悩んでいるとカイルが突然立ち上がった。


「どこに行くんだ? まだ終わってないぞ」

「うるせえ、おまえらの説教なんて聞く気ねえんだよ」

「まあ俺は別に構わないが、とりあえず薬はやめとけよ」


 もう面倒臭くなりジェイクは言った。

 ミランダもなにか言いたそうにしているが黙って事の成り行きを見守っている。

 カイルはドアノブに手をかけると一瞬躊躇する素振りを見せるが振り返らずに言う。


「そうやって理解ある風なこと言って、どうせおまえらセンコーは面倒事からは逃げて、自分達の保身しか考えてねえんだろ」


 そんな捨て台詞を吐いてカイルは部屋を出て行ってしまった。


「あれでよかったんですか?」

「知るか、なんで俺に聞く?」

「このまま放っておいて、なにか犯罪に巻き込まれでもしたらどうするんですか?」

「だからなんで俺に聞くんだ」


 ミランダはなにか不満そうにジェイクのことを見ていたが、深く溜息を吐くといつもの無表情に戻って言い放った。


「とりあえずこのことはマッコイ校長には黙っておきましょう。碌な事にはならなそうなので」


 それにはジェイクも納得であった。




 王都の東側に位置する住宅地。

 そこは多くの上流階級市民が住む、高級住宅街であった。

 散り一つ落ちていない舗装された道路に面して庭付きの大きなお屋敷が立ち並ぶ。

 お屋敷のガレージには、一般市民ではまず手に入れることの出来ない高級魔導車が何台も停まっている。


 カイルは駅トイレの洗面所で、鶏冠頭を固めていた整髪剤を洗い流すと、櫛で綺麗に髪を寝かせた。

 ワイシャツのボタンも一番上まで止めてネクタイを締め、着崩していた制服もきっちりと整えた。


 駅構内から出てくると迎えの車が来ていた。

 カイルが近づいて行くと、老齢の男が降りて来て後部座席のドアを開ける。


「待たせたなリッチ」

「いいえぼっちゃま、いつもに比べればそれほど」


 リッチと呼ばれた男はニコリと笑うと運転席に乗り込み車を出した。

 しばらくすると、バックミラー越しにカイルの顔を見てリッチが話しかけてきた。


「そのお顔はどうされたのですか?」


 擦り傷と、痣のできたカイルの顔を見てリッチがそう言う。

 カイルは鼻で笑うとめんどくさそうに答えた。


「剣術の授業でちょっとな……」


 リッチはそれ以上何も聞いてこなかった。

 そうして車を10分ほど走らせると、大きな屋敷が二棟もある敷地内へと入って行った。

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