第八話 元最強戦士目撃する

 きょろきょろと辺りを見回している鶏冠頭のカイル。

 誰の目から見ても明らかに様子がおかしかった。

 気が付けば店内にはそれなりの客が入り、間もなく満席になろうとしている。

 カイルは誰かと待ち合わせしているといった様子でもない。大体、こんな場所で高校生が待ち合わせなんて時点で問題だ。

 ジェイクとミランダは身を屈めてカイルの様子を窺った。


「こんなところで何をしてるんだあいつ?」

「なんにしても補導対象になります。行きましょう」

「待て待て、どうするつもりだ?」


 鼻息を荒げて出て行こうとするミランダの腕を掴んでジェイクは止めた。


「別にいいだろう放っておけよ」

「なにがいいんですか、ここはアルコールを提供するお店ですよ。未成年が出入りしていい時間じゃありません」

「まだ夜の7時を回ったばかりだろうが、赤ん坊だって起きてる時間だぞ」

「彼は赤ちゃんではありません」

「あれくらいの歳の頃はちょっとハメを外したくなるものなんだ放っておけ」


 ガキなんてものは夜の街で遊びたがるものだ。この程度の不良行為、いちいち注意する方もされる方も面倒だろうとジェイクは思った。

 そう思うのだが、二人の話にカーミラが割って入ってくる。


「健全な店を謳ってるうちとしては困るんだけどね」

「裏であれこれやってるくせによく言う」

「そのおかげで仕事にありつけたのは誰だい?」


 そうこうしている内にカイルは、スキンヘッドの男に声を掛けると同じテーブルに着いていた男達数人と店の裏口へと消えた。

 それを見てさすがのジェイクも立ち上がる。


「追ってください、早く!」


 ミランダに急かされて、ジェイクは小走りで裏口から外へ出た。

 路地裏へ通じる扉を開けると、生ゴミや酔っ払いの立ち小便の臭いなどが混じった酷い悪臭が漂っている場所へと出た。

 ジェイクは顔を顰めながら辺りを見回すと、右手の奥の方から人の気配を感じた。

 息を殺しながら足音を立てない様に近づき、建物の影からそっと覗くと、鶏冠頭のカイルが男達となにか話している。

 するとカイルが革のジャケットのポケットから何かを取り出して男達に渡した。


「あのガキ……まさか」


 しかしそこから想定外の出来事が発生する。カイルと男達が口論を始めたのだ。

 間もなく男達はカイルを取り囲むと袋叩きにし始めた。


「あーくそが、めんどくせえ」


 ジェイクはボヤキながら出て行くと、少年に殴りかかろうとした男の襟首を掴んで後ろに引き倒した。


「大人が大勢で、ガキ一人を囲んでなにやってんだ?」

「ああ? なんだてめえ? 偉そうに」


 ノースリーブの革ジャンを着た、手首に禿げた鶏みたいな刺青をしている頭の弱そうな男を殴り飛ばすと、ジェイクは地面に突っ伏しているカイルの二の腕を掴んで引き上げた。


「行くぞ糞ガキ」

「パカパカ? てめえなんで?」

「いいから来い」


 その場を去ろうとするが、当然大人しく通してくれるわけがなかった。

 男達が道を塞ぐと、リーダーらしきスキンヘッドの男が一歩前へ出てくる。


「おいおっさん、今なら見逃してやる。そのガキ置いてとっとと消えな」

「こいつがなにをしたんだよ? 単なるガキだろう、許してやれよ」

「俺らに許可なく勝手に商売してたんだ。ガキだろうがなんだろうがケジメは付けさせる」


 やはりそうかとジェイクは納得する。

 おそらくこいつらは、ここいら辺一帯で薬の売買でしのぎを得ている連中だろう。

 最近、この手の輩が増えて困っているとカーミラが言っているのをジェイクは思い出した。


「俺からよく言っておくよ。おまえらだってこんなガキしめたって、まわりから舐められるだけだろう」

「こんな質の悪い薬がここらで出回ってる方が舐められるんだよ」


 スキンヘッドは、カイルから受け取った袋を引き裂くと中の結晶を地面にばら撒いた。

 それを見てカイルが舌打ちをする。


「おっさん、ここまで聞いちまったらおまえもこのまま帰すわけにはいかねえ。サツにチクる気も起きねえくらいにしてやるから覚悟しろよ」


 ジェイクは天を仰ぐと大きな溜息を吐いた。


「……ああそうかい」


 そう呟くとスキンヘッドの顔面を殴り飛ばす。

 そのまま別の男に飛びかかると、襟首を掴んで投げ飛ばし、脇にあったゴミ箱の中にホールインワン。

 さらに掴み掛かってきた男の手を捻り上げると、鳩尾に膝蹴りを入れる。

 スキンヘッドの男は一発では伸びなかったようだ。中々のタフだなと思いながら、回し蹴りを顔面に入れてやると、それでノックアウトだった。


「まだまだ動けるな。現役でもいけるんじゃないか?」


 自画自賛しながら伸びているスキンヘッドのポケットに手を突っ込むとジェイクは、呆然としているカイルの襟首を掴んで引き摺って行った。


 店の中に戻ってきたジェイクとカイルの姿を見てミランダとカーミラは安堵した表情を見せた。

 するとジェイクが、手にしていた小さなビニールの包みを、カーミラの方へカウンターを滑らせた。


「カーミラ、こいつの出所を調べてくれ。ミランダ、場所を変えるぞ」

「ちょっと、依頼料はっ!」

「今そこで、健全な店に出入りしているゴミを掃除してやっただろ」


 引き摺られている間、暴れて抵抗するカイルであったが、ジェイクがあまりの馬鹿力なので逃げ出すことはできなかった。

 慌てて後を追ってきたミランダがジェイクに縋りついてきた。


「ローレンスさん、どこに行くんですか?」

「外で伸びてる奴らが目を覚ましたら面倒だ」

「喧嘩してきたんですか?」

「自己防衛だよ」


 いつもの無表情が崩れるくらいに、ミランダは呆れて物も言えないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る