第七話 元最強戦士真相を知る

 今日一日は、校舎内の見学と用務員室の整理整頓に時間を費やすことになった。

 用務員室と言っても、体育館の横に建てられた仮設のプレハブ小屋。

 とことん冷遇されているなとは思ったものの、四六時中、生徒や他の教師達の目に晒されない分マシかなとジェイクは思った。

 ネットに晒されていた動画の対応は、ミランダがなんとかすると言うので任せておいた。と言うより、説明を聞いてもちんぷんかんぷんだった為、ジェイクにはどうすることもできないと言うのが正しい。


 夕方16時を回る頃には、生徒達も帰宅を始める。17時には教師達も仕事を終えて、最後に用務員であるジェイクが戸締りを確認して一日が終わると言う流れ。今日は初日と言うこともあり、最後までミランダが付き添ってくれた。


「まあ、一日の終わりは大体こんな感じです。明日からは、細かい業務を教えますので」

「ああ、助かったよ」

「ところでローレンスさん。今日はこの後お暇ですか? お時間があればどうですか?」


 口元に手を当てて、くいくいとやってみせるミランダ。飲みのお誘いであるが、随分とおっさんぽい。


「構わないが、こんなおっさんと飲んで楽しいか?」

「こんな小娘と一緒でローレンスさんがつまらなくなければ」


 ジェイクは喜んでと言わんばかりに、ミランダの誘いに乗ることにした。


 戦後、王都は目覚ましい発展を遂げた。

 魔族との戦争で焼け野原同然の状態になって僅か四半世紀余り。

 奇跡的な復興を遂げた王都は、これまでの魔法を主とする生活様式から、一気に魔導工学を発展させた都市へと生まれ変わる。

 機械と魔法が融合した文明が発達すると、人々の生活様式は一変した。

 灯りと言えば松明がメインだった物が、魔力灯が取って代わり。

 移動手段はこれまで主に馬車であったが、魔導車や魔導列車がメインとなる。

 1000万人が住むと言われる王都には、血管のように線路が張り巡らされ、人々の移動や物の流通は列車がメインに行われた。

 通信手段も魔導フォンが開発されることにより、これまでの魔力通信よりも、伝達速度と距離が飛躍的に上がった。

 今では、タッチ式のパネル型魔導フォンが主流となり、若者たちのマストアイテムとなっている。


 そんな大都会の眠らない街、王都の西側に位置する『カブトタウン』。そんな夜の街にジェイクとミランダはやってきた。


「この先に俺の行きつけの店がある」

「なにかおすすめが?」

「そうだな。酒は美味いが料理は不味い」

「そんな所にレディを連れて行くのですか?」


 ミランダの無表情にはもう慣れたので、ジェイクは笑いながら適当に返事をした。

 店にやってくるとジェイクは扉を開けて、ミランダに先に入るように促す。


「どうぞお嬢様」

「レディファーストは、ご存じなんですね」

「一社会人として、模範となるようにしてるからな」


 先に入るミランダの後についてジェイクも入って行くと、まだ客は誰もいない、どうやら一番乗りのようだった。

 すると、カウンターの中で仕込みをしていたカーミラが、ジェイクの姿に気が付き声をかけてきた。


「初出勤ご苦労さんジェイク」

「ああ、いつものやつを頼むよ」


 ジェイクは椅子を引いて、ミランダに座るように促すと自分も隣に座る。


「女連れでくるなんて珍しいね」

「そういうんじゃない。ミランダ適当になにか頼めよ、あいつはここの店主で……」

「カーミラさん、私はライチのカクテルを適当に」

「オッケー、ミランダ」


 二人のやりとりを聞いてジェイクは目を丸くする。

 それを見てカーミラがニヤリと笑ったところで、ようやくジェイクは気が付いた。

 この二人は知り合いで、今回のことは仕組まれたことであることを。


「嵌めやがったな」

「まあそうカリカリすんなよジェイク」

「てめえカーミラ! どういうことかちゃんと説明しろ!」


 今にもカウンター内に飛び込んで来そうな勢いのジェイクを、なんとか宥めて落ち着かせるとカーミラは説明を始めた。


「今回の事はまあなんと言うか、ミランダからの依頼が始まりだったんだよ」

「ミランダの?」

「ああ、あんたもあの学校の惨状は目の当たりにしてきただろ?」

「酷い有様だったな」


 体育館での全校集会の一件で、あの学校がどんな状態にあるのか、なんとなくジェイクにも想像はついた。

 生徒達は完全に大人達を舐めている。碌に言うことを聞く気もない様子だった。

 それに加えて、やたらと柄の悪い連中が多いようにも見受けられた。


「俺がガキの頃の方が酷かったけどな」

「あんたの通ってた低レベルな小学校と一緒にするなよ。あそこは紛いなりにも王立高等学校だ。ミランダ、あんたからも説明してやんな」


 カーミラに促されて、黙って聞いていたミランダは重い口を開く。


「ラルフ学園は現在、危機的状況にあります。校内のみならず、校外にもその悪評は広まり、今では不良高校というレッテルを張られる始末です。これにはマッコイ校長も困り果てています」

「そいつはいいぜ、ざまあないなラルフの奴」


 鼻で笑うジェイクであったが、カーミラに睨まれて口を噤む。


「教員達もなんとかしようとしたのですが、口で言っても聞かない生徒に対し、手を上げれば体罰と言われて懲戒になる恐れがあると、今では見て見ぬ振りをしています。そこで外部からの人間で、教員でなければよいのではないかと、カーミラさんに相談したんです」

「可愛い後輩の頼みだからな、断るわけにはいかないだろ」


 ウインクしてみせるカーミラの顔面に、思いっきり拳を叩き込んでやりたい衝動を押さえ込みながらジェイクはミランダに尋ねる。


「どうして俺が?」

「ローレンスさんならきっと、マッコイ校長の力になってくれると思ったからです」


 その言葉にジェイクは、自分の表情が強張っているのがわかった。

 この小娘は自分とラルフの関係を知らないからそんなことが言えるのだと辟易する。

 ならば教えてやらなければならない、自分がラルフの所為でどんな惨めな人生を送って来たのかを。


「いいか、俺はあいつの所為で……」

「ローレンスさんが、かつてマッコイ校長のパーティーに居たことは存じています。だからこそ」


 その言葉を遮るように、ジェイクはミランダの胸倉を掴みあげた。


「わかっているのなら、それ以上は言わない方がいいぜ」


 ミランダは無表情のままジェイクのことを、いや、その後方を見つめていた。

 そして小声でジェイクに向かって話す。


「後ろ、見てください。ゆっくりと、気付かれない様に」

「なんだよ急に?」

「いいから」


 わけがわからなかったが、なんだか拍子抜けしてしまったジェイクは、怒りも忘れてミランダに言われたとおりにした。

 手を離してゆっくりと、半分だけ顔を後方に向ける。その視界に映った人物には見覚えがあった。


 金色の鶏冠頭の生徒。

 夜の酒場を未成年がうろついていることに、ジェイクは眉を顰めた。

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