第五話 元最強戦士煽られる

 王立騎士高等学校ラルフ学園は、戦後の世界に於いて必要ではなくなった剣術や攻撃魔法を主とした、戦闘技術を学ぶことを目的として設立された学校であった。

 創設されたのは今から5年前。魔王軍のいなくなった現代では、魔族及びモンスターは人類にとってはそれほど脅威ではなくなった。

 しかし、またいつ魔族が武装蜂起して人類を脅かす存在になるかはわからない。

 年月が経ち、戦争の記憶が薄れて行くにつれて、人々の危機感がなくなってしまっている今、教育機関を使い新たな勇者を育てることにしたのである。

 魔王を倒した勇者の一人であるラルフが校長を務めるラルフ学園を始め、王国には他に二つの王立高等学校が存在する。


「そんなことも知らずにこの学園に来たのか」

「たかだか5年程度の歴史で偉そうだな。俺の持ってる魔導フォンと変わらないぞ」

「携帯電話と一緒にするんじゃない。まったくきみは、本当に礼儀をしらない男だ。とにかく、私はきみのことを認めたわけじゃないからな。なにか問題を起こしてみろ、すぐに追い出してやる」

「はっ、人を追い出すのはてめえの得意分野だったな」


 全校生徒の待つ体育館へ向かう途中、小声で喧嘩をしながら睨み合うジェイクとラルフ。

 ラルフ学園は、初等部、中等部、高等部とあり、高等部だけでも生徒数が1500人もいるマンモス校であった。

 王立高校だけあり、卒業した者は王立騎士団に仕官することもでき、また貴族の子息なども通う格式の高い学園である……はずなのだが。



「えー、というわけでこの度、あー、皆さんの通うこの学園の~」


 壇上でラルフが話している間、ガヤガヤと生徒達はお喋りをやめる気配はない。

 それどころか、魔導フォンでゲームをしたり、音楽を流している者までいる。

 ラルフは話すのを止めると、左腕に嵌めている腕時計をジっと見つめた。


「ミランダ。あいつは、なにをやっているんだ?」

「いつものことです。校長はあれが効き目があると思っているのですよ」


 ミランダの返事に、ジェイクは小首を傾げた。

 しばらくすると生徒達の話し声はだんだんと小さくなり、体育館内は、しん……と静まり返る。


「皆さんが黙るまでに約1分30秒掛かりました。その間、これから先生が紹介する方は待っていたことになります」


 ドヤ顔で言い放つラルフであったが、生徒達はそれを無視してまたお喋りを始め、体育館内は再びガヤガヤと騒がしくなった。


「生徒達もわかっていてやっています」


 右手の中指で眼鏡をくいくいと上げながら、呆れ気味にミランダが言った。

 他の先生達も慣れた様子で、生徒達に向かって注意はしているが、本気で黙らせる気はないように見えた。


「あーそれでは、今日からこの学園で用務員を務めることになったジェイク・ローレンス氏のご挨拶があるので、皆ちゃんと聞くように」


 ラルフはがっくりしながら壇上から降りてくると、ジェイクの横に小走りで駆け寄ってきた。その情けない姿に、ジェイクは首を振りながら小声で言う。


「なんだ、あいつらのあの態度は」

「いいから早く行け、適当にスピーチしてさっさと終わらせて来い」

「こんな状態で聞いている奴がいるのか?」

「いいんだよ聞いてなくても、こんなのは形式的な物だ。行事をやっている感を出せばいい」


 早く行けとラルフが急かすので、ジェイクは仕方なく壇上へ上がった。

 マイクを前に大勢の人前で話すことなんてこれまでの人生で一度もなかった。

 しかし、魔王の軍勢やモンスターの群れに比べればどうということはない、目の前にいるのは単なる子供だ。


 ジェイクはジャケットの胸ポケットからカンペを取り出すと、少し離し気味にそれを見る。最近小さな字が見づらくなって困ったものだ。


「えー、あー、私はジェイク・ローレンスです」


 まずは自己紹介から始めようとする。

 すると突然、生徒の中から大声で野次が飛んで来た。


「あーなんだって? 聞こえねーよパカパカあっ!」


 その瞬間、一斉に生徒達が笑いだす。笑い声の渦が体育館全体を包んだ。

 野次を飛ばした生徒の方を見るとそこには、昨日ジェイクに話しかけてきた鶏冠頭の生徒が居た。


「おい、おまえ。そうだ、おまえだ、今なんて言った?」

「あ? なんだよ、俺のことか?」


 ジェイクは鶏冠頭を指差して問いかける。

 鶏冠頭は両手を広げると、まいったなといった表情で肩を竦めている。

 なにか面白いことが始まったと、他の生徒達はパネル型魔導フォンを取り出して動画を撮り始める始末だ。

 ジェイクは生徒達がなにをやっているのかわからず困惑するも、苛立ちを抑えながら話を続ける。


「今は私が話しているんだ。携帯電話はしまって……」


「パッカパカっ! パッカパカっ!」


 ジェイクの言葉を遮って、手を叩きながら声を上げたのはまたしても鶏冠頭だった。

 その音頭に合わせて、他の不良生徒達もパカパカの大合唱を始める。

 笑っている生徒、動画を撮っている生徒、我関せずといった生徒や、別のことを始める生徒と、もう体育館内は無茶苦茶な状態だった。

 先生達が生徒達を鎮めようとしたその時。


 ドッ! ガアアアアアアアアンっ! キ、キィィィイイイイイインっ!


 突然スピーカーから、大きな音とハウリング音が鳴り響く。

 生徒達は静まり返り、先生達も静まり返って、体育館内に居る全ての者が音のした方向、壇上を見上げていた。


 床に叩きつけたマイクを拾い上げると、ジェイクは大きく息を吸って怒声を上げた。



「黙れ餓鬼どもっ! 俺が話しているんだ!」

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