第四話 元最強戦士初登校する
早朝。時刻は5時半。
けたたましく鳴り響く目覚ましベルを止めると、ジェイクは身体を起こしてベッドからモソモソと抜け出す。
出勤初日から寝過ごすわけにはいかないので、昨夜はあまり深酒をしないようにと思ったのだが、カーミラの店に報告に行ってから深夜まで飲んでしまった。
なんとか起きられたからよかったものの寝起きは最悪であった。
「気持ちわりぃ……」
水道の蛇口を捻ると、コップいっぱいに水を注ぎ一気に飲み干した。
洗面所に行って鏡を覗き込むと最悪の顔だった。
お湯を沸かしタオルを浸して搾り、寝癖だらけの頭に濡れタオルを乗せる。その間に髭を剃って、残ったお湯で顔を洗った。
正装と呼べるような服なんてもう何年も着ていなかったが、腹回りは少し苦しいけどなんとか入ったのでよかった。
今日はまず出勤してから校長へ挨拶に行き、その後全校集会で生徒に顔見せすると言うので、簡単なスピーチを考えてこいと言われていた。
「簡単な、スピーチねぇ……」
当然そんなことしたことも考えたこともなかったので、昨日カーミラから渡されたカンペにさらっと目を通すと、胸の内ポケットに捻じ込んでジェイクは家を出た。
「おはようございます。ローレンスさん」
学校に着くと、既に出勤していたミランダが挨拶してくる。
「どーも、ミランダさん」
「おはようございます。です。ローレンスさん」
「お、おはようございます」
無表情のまま詰め寄ってきてそう言うミランダに圧倒されて、ジェイクはちゃんと挨拶を返した。
「教師ではなくとも学校に勤めている以上、大人であるあなたには生徒の模範になってもらう必要があります」
「は、はぁ」
「いつでも生徒達があなたのことを見ていると思ってください。社会人として恥ずべきことのない行動を心掛けてください」
「わかった……りました……」
なぜか教師に説教される学生のような気持ちになってしまった。
校長も既に出勤していると言うので、ミランダに案内されて校舎の中に入ると校長室へ向かう。
学校なんてものには碌に通ったことのないジェイクは、さほどの懐かしさも感じなかったが、こんな歳になって再び学校に通うことになるとは、妙に感慨深い気持ちになった。
職員室の隣、ドアの上に“校長室”と書かれた札が出ている。
教室の前まで来るとミランダが立ち止まり、いつも通りの無表情だが、より神妙な面持ちでジェイクに言った。
「それではこれから校長に会って頂きますが、くれぐれも粗相のないようにお願いします」
妙な言い回しだなと思い、眉を顰めながらもジェイクは頷いて教室のドアをノックした。
中から「どうぞ」と言う声が聞こえたので、ゆっくりドアを開ける。
「失礼しま……」
言いかけてジェイクは固まってしまった。
目の前に居る人物も同じように固まってジェイクのことを見つめている。
目を真ん丸にして、まさかといった表情で驚いている人物。
それは紛れもない、ジェイクのよく知っている人物であった。
「ジェ……ジェイク……ジェイク・ローレンスか?」
驚きながらも、どこか懐かしそうにジェイクの名前を呼んだ男は、昔と変わらない端正なハンサム顔をしていた。いや、記憶の中の顔と比べるとだいぶ歳を取っていたが、それは自分も同じだろうとジェイクは思った。
「ジェイク、まさかきみだったなんて。ミランダも人が悪い、私に内緒でこんなサプライズを」
「なんの冗談だ?」
「は?」
「どういうつもりだって聞いてんだラルフっ!」
突如、怒り始めたジェイクにラルフはわけがわからず困惑する。
ジェイクは振り返ると、後方に控えていたミランダに詰め寄り胸倉を掴みあげた。
「てめえ、知っていて黙ってたのか?」
「なんのことですか?」
「俺とあいつのことを知っていて黙ってたのかって聞いているんだ! あいつが校長だと知っていたら俺はここには来なかった。くそっ! カーミラの奴、嵌めやがったな」
捲し立てるジェイクにミランダは無表情のままで何も答えない。
するとラルフが、ミランダの胸倉を掴んでいたジェイクの手首を掴み、割って入ってきた。
「きみは相変わらずだな。人の話も聞かずに激昂して喚き散らす。あれから三十年も経つのに、なにひとつ変わっていない」
「そういうてめえも変わってねえ。自分だけがお利口さんで、他は馬鹿だといった風なその態度。他人を見下して悦に入る、いけ好かねえ感じは昔のままだ」
気が付くと二人はお互いの胸倉を掴み合う状態になっていた。
今にも殴り合いになりそうな一触即発の状態、その均衡を破ったのはミランダだった。
どこから取り出したのか。竹刀で二人の手首に小手打ちを決めて払うとメンチを切って言い放つ。
「ローレンス……あたしは今さっき、一社会人として恥ずかしくない、生徒の模範となるように行動しろっていったよなぁ。ああん?」
「い、いや、俺はただ。こいつが校長だって知ってたら、こんな所には来なかったと」
「学校名がラルフ学園だろうが? ちょっと考えれば、勇者ラルフの学校だってわかるだろうが?」
「学校名……見てなかった」
「アホかてめえ」
ミランダの豹変っぷりに、ジェイクは呆気にとられてしまっている。
そしてミランダの次なる標的はラルフ。
ミランダはラルフのことを睨みつけると、顎をしゃくり上げながら言う。
「おい、マッコイ。てめえは、あたしのことをそんなに怒らせてえのか?」
「い、いやしかしベルティスくん。やはり、彼は駄目だ。純粋無垢な学生達にとって彼の様な傲岸不遜な態度の大人は、教育上非常によくない」
「おめえらの過去のしらがらみなんて知らねえんだよ。もうあたしが採用って決めたんだよ。契約書に判突いたんだよ。破棄出来ねえんだよわかったかこら! ジェイク、てめえもだこらっ!」
ジェイクとラルフは唾を飲み込み、お互いの顔を見ると無言で頷いた。
「はい、だろうがごらあっ!」
「「は、はいいいっ」」
ミランダが元ヤンであることを、二人は知らないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます