第二話 元最強戦士また追放される
三十年後。
照りつける夏の日差しの下で四時間以上、休憩を挟むことなく作業を続けていた為、もう体力の限界だった。
水筒の中身は既に飲み干してしまった。
滝の様に流れていた汗は渇き、黒いシャツに白い斑模様を描いている。
300mはあろうかと言う木の柵を、赤いペンキで塗り終えるとジェイク・ローレンスは木陰に入り腰を下ろした。
「糞が、こんな炎天下でやる作業じゃねえだろ」
こんな感じの日雇いの仕事で口に糊する毎日。
十数年前には真っ当な仕事に就いていた時期もあったが、長くは続かなかった。
同僚や上司とすぐにトラブルを起こしては職を転々とする。そんなことを続けるうちにいつしかジェイクは、アラフィフと呼ばれる年齢に差し掛かっていた。
日差しを避けると、ほんの少しの風が吹くだけでも涼しさを感じた。
とにかく仕事は終えた。依頼主に報酬を貰いに行く為に立ち上がると、遠くから声が聞こえてくる。
「これはどういうことだっ!」
大声を上げながら駆け寄ってきたのは依頼主の男であった。
約7ヘクタール程の牧場主である依頼主の男。薄くなった頭髪の隙間からギラギラと見える脂汗を手拭いで拭いながらジェイクの下へと大股でやってくる。
ジェイクが請け負った仕事は、牧場の柵の一部が古くなっていた為、新しくしたものを防腐処理も兼ねたペイントをするものだった。
「いったいどうしてこんなことになっている?」
「なにがだよ?」
「なぜ赤く塗られているんだ?」
「あんたが赤く塗れと言ったんだろう」
「誰がそんなこと言った。俺は、青にしろと言ったんだ!」
ジェイクは呆れながら、地面に置いていたバケツを持ち上げた。
「馬鹿を言え、赤だと言っていた。言われた通りにやったんだ、ちゃんと金を払えよ」
「馬鹿はお前だ! こんな真夏に、誰がこんな暑苦しい色にしろなんて言うんだっ!」
「いいや、確かに赤と言った。どうせ2~3カ月もすりゃすぐ冬になるんだ暑苦しい色の方がいいだろう」
ジェイクの物言いに、依頼主の男は塗られたばかりの柵よりも顔を真っ赤にして怒声を上げる。
「とにかく今すぐ青に塗り直せっ! でなければ金は払わんぞ!」
「はあ? 冗談じゃない、塗り終わるのにどんだけ時間が掛かったと思ってる。大体まだこのペンキだって乾いていないんだ、すぐに塗り直しなんて無理だ」
「だったら、明日もう一度やり直せ! 追加料金は払わんぞ!」
「ふざけるな! 俺は確かに赤と言われたからその通りにやったんだ! てめえ、金を払いたくないからってフカしてんじゃねえぞ!」
ジェイクが持っていたバケツを地面に叩きつけると、跳ね上がったペンキが依頼主の顔にかかってしまった。
怒りで顔を赤くしているのか、ペンキで赤くなっているのか最早わからない。
結局ジェイクは牧場から叩き出されて、報酬も貰えないのであった。
「で? 金も貰えずに帰って来たと?」
バーカウンターを挟んでと呆れ顔をしているのは店主のカーミラ。
彼女は城下町で酒場を経営しつつ、ジェイクのような日雇い労働者に仕事を斡旋する仲介屋も営んでいた。
女伊達らに、ごろつき共の集まるバーの店主をやっている彼女は、裏社会の様々な人物に顔の利く人物である。
「ふざけやがってあのハゲ野郎。確かに赤にしろって言ったんだ」
「あんたの聞き間違いだったんじゃないの?」
「そんなわけあるか」
ジェイクは残っていたエールを飲み干すとジョッキをカウンターに叩きつけた。
「ちょっと、ちゃんとお代は頂くからね」
「今の話を聞いてなかったのか? 金ならない」
「なんで注文したのさ?」
「労働の後の酒は格別だからな。で、なにか、いい仕事はないか?」
冗談を言いながらジェイクはズボンのポケットをまさぐって、小銭をカウンターの上に置いた。
置かれた硬貨を手に取るとカーミラはジェイクを睨み付ける。
「足りないよ。もう十杯分はツケが溜まってんだ」
「だから、それを返す為に仕事を紹介しろって言ってるんだろ」
「ジェイク、いい加減にしてくれよ。紹介してやっても、すぐにクライアントと喧嘩して帰ってくるあんたに、やれる仕事なんてもうないよ」
昔のよしみで優先的に良い仕事を回してやっていたのに、ジェイクは五割近い確率でご破算にして帰ってくる。そんなことを繰り返されると、仕事を紹介しているカーミラの評判にも影響が出てくる。
そのため今では内容の割には、安い報酬の仕事しか斡旋してやれなくなってしまった。
それすらもジェイクは、持ち前の短気を発揮して台無しにして帰ってくるのだ。
「なあジェイク、今度こそまじめにやるって約束できるかい?」
「俺はいつだってまじめだ」
大きな溜息を吐くと、カーミラはカウンターの下からA4サイズ台の紙切れを出してジェイクの目の前に置いた。
「なんだこれは?」
「仕事だよ。期限の指定はない、働き次第じゃ正規雇用もある」
ジェイクは紙切れを手に取ると内容に目を通した。
「用務員兼治安係?」
「ああ、雑用ありの用心棒みたいなもんだ。あんた向きだろ?」
ジェイクが顔を上げると、カーミラがニヤリと口元に笑みを浮かべるのであった。
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