第19話:5-1;助けるのかな


 コオが助けたのは、妖精を名乗った。

 コオは人間だと名乗った。

 二人は名乗りあった。

 その妖精は、くまのぬいぐるみみたいな風貌だった。30cm程の大きさでフワフワの白い毛で目がクリクリとしてあり、子犬のような可愛さだった。その妖精が濡れた体をブルブルと震わせて水を切った。


〈助けて頂きありがとうございます〉


「それにしても、脳に直接語りかけてくるようなその喋り方はどうにかならないのか?」


 コオは濡れた衣服を脱いで、女性の前では見せられない姿でいた。でも、女性がいないから全裸だった。


〈すみません、慣れてください〉


 妖精は再び電波を飛ばすような話し方だった。コオは脳が痛かった。


「頑張って慣れてみるけど、お前、どうして川に落ちたんだ?」


 コオは自分の服が乾いているのか確認しながら聞いた。相手のために行動する癖が抜けていなかった。


〈君の自殺を止めるためだよ〉


 コオは服を落とした。相手が自分のために行動したという言葉がにわかに信じられなかった。


「今、なんて?」


〈だから、君の自殺を止めるためだよ。君は人生に絶望して自殺しようとしただろ? それを止めようと近づいたら勢い余って自分が落ちてしまった。あっはは〉


 妖精は恥ずかしそうに笑っていた。聞いているコオは笑っていなかった。どういうこと?


「どうして自殺しようとしたことを知っているんだ?」


〈そんなの見たら簡単だよ、と言いたいところだけど違うよ。もちろん、さっきの落ち込み方を見たら誰にでもわかるけど、違うよ。わたしはね、神様として困っている君を救いに来たのだよ〉


 ……


「(……こいつは何を言っているんだ? 頭がおかしいのか? 自分のことを神様と言っているし。え? というか。え? どういうこと?)」


 コオは意味がわからなかった。実際、普通に考えたら意味はわからないだろう。


〈まあ、本当はね、君が死のうがどうなろうが私には関係ないんだけどね。ただ、わたしも仕事だから仕方なしにやっているんだ。今の仕事がなくなったら、家賃が払えないし明日食べるのも困るしおしゃれもできない〉


 妖精はコオを半ば無視して話していた。相手のためというが、コオと違って自分の仕事のためでしかなかったのだ。


「(……いや、本当に何言っているの? こっちはまだ頭が追いついていないのに、ひどいこと行っているぞ。オレが死ぬことがどうでもいいだと? 自分の生活のために仕事でしているだけだと? 仮にそうだとしても今言うか?)」


 コオは頭が少し追いついてきた。しかし、理解には程遠い。


〈とにかく、君に自殺されたら困るからやめてくれ。わたしが君の願いを叶えてあげるから、自殺はやめてね。君に自殺されたら私の評価に関わるから。だから、困ったことがあったら私に言ってください〉


 妖精は要件を言い終わった。子供のようにけらけらと笑う。


「(……何を、言ってやったぜ、みたいな顔しているんだ? 何を嬉しそうに自慢した顔をしているんだ? 何を興奮で赤い顔をしているんだ? え? 願い事を叶えてくれる? 家賃が払えない? 自分は神様だ? 何を言っているんだ?)」


 コオは頭が追いついた。結論、コイツやばいやつだ!



 コオは歩いていた

 少し濡れた服を着て歩いていた。

 橋の上を歩いていた。

 その後ろには、妖精が宙に浮きながらついてきていた。コオはそれを無視して歩いていた。妖精は背後霊のように付きまとっていた。


〈ねえ、なんで無視するの?〉


 妖精の発言。

 コオの無視。


〈それに、こんな雨の中歩く必要ないでしょ?〉


 妖精の発言。

 コオの無視。


〈それよりも、早く願い事を〉

「うるせー!」


 妖精の発言。

 コオの発言。


〈どうしたんです?〉

「さっきからグチャグチャグチャグチャうるせーんだよ!黙ってろ!」


 2人の間には温度差があった。相性は水と油だ。


〈何をそんなに怒っているんですか?〉

「お前のせいだよ!うるせーんだよ!」


 冷静な妖精と頭が沸騰しているコオ。種族的にも分かり会えそうになかった。


〈何を言っているのですか?〉

「お前だよ! さっきからわけわからんこと言いやがって」


 2人の会話は平行線だ。

 きょとんとする妖精から視線を逸らしながら、コオは呟いた。


「――くっそー。なんでこんなことになってしまったんだ。俺の人生、めちゃくちゃだ。いじめられてり怪我したりして引きこもり。一念発起して外に出たら、理不尽な借金に死にかける冒険。挙句の果てには、裏切り者として追われてしまい、意味不明なやつに付きまとわれている。こんな人生は嫌だ」


 コオはため息混じりに本心を言う。絶望の中にポツリと一言。


「あーあ、生まれてこなければ良かった」


 ……



〈その願い、叶えましょう〉



 声が響いた。妖精の声。


「……え?」


 響いた声にコオは反応した。妖精が祈っている。


〈あなたが生まれなかった世界にしました〉


 妖精は事務的に淡々と述べた。

 いや、それよりも、ちょっと待てよ?とコオは言いたげだ。


「……いや、何言っているの?」


 コオは呆れと疑問で混乱していた。彼からしたら急展開すぎる。


〈あなたが生まれなかった世界にしたんです。君の望み通りに〉


 妖精はもう一度言った。しかし、その言葉はコオの理解を促進するものではなかった。


「……ただでさえよくわからないのに、呼び方を君かあなたのどちらかに統一してくれません?」


 ほのかな願い。たしかに呼び方を統一しないのは不親切だ。


〈願いをもう1つなんて、贅沢ですね〉

「願いってほどでもないだろ」


 コオは言葉が通じない犬の相手をしているように困惑していた。コオから見たら妖精も犬も人外で同じということだろう。


〈まあ、その願いはともかく、生まれてこない方の願いは叶えましたから〉

「それがよくわからないんだ。そんなことができるものなのか? 神様じゃああるまいし」

〈だから、わたしが神様なのだ〉

「はいはい、そういうことにしておきます」

〈信じていないですね〉

「信じれるわけないだろ。神様だ? 願いを叶えるだ? 何を言っているんだ?」

〈それでも、信じるしかないよ〉

「それは無理だな。大体、オレが生まれなかった世界なら、今ここにいる俺は誰なんだ? 俺は生まれているぞ」


〈それなら大丈夫です。あなたも妖精ということになっていますから〉


「妖精?!」


 コオは自分の体を鑑定品のようにジロジロとよく見た。そこには今までと同じ手・胴体・足。


「何も変わっていないけど……」

〈そりゃあ、見た目はそのままですよ。そこまで変えるのは面倒くさいですから。あくまでも形式上だけですよ。形式上だけ〉


 いかにも仕事が面倒くさそうなオッサンみたいな言い方をする妖精に、コオは今更ながら妖精に対する幻想を失っていた。不親切だと思っていた。


「普通、妖精と言ったらもう少し可愛いものだと思うんだけど」

〈それは幻想を抱きすぎです。まあ、探せばそういう妖精もいるでしょう〉

「というか、今の俺が本当に妖精かということに関しても、お前が本当に神様であるかということに関しても、確かめようがないからな」

〈うーん。君が妖精になったことに関しては確かめる方法はあるけど、面倒くさいからしたくないんだよね〉

「お前は本当に神様か?」


 コオはやっぱり信用できなかった。

 そんなこんなの問答が数回続いた。

 コオは雨が止んでいることに気づいていなかった。

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