第5話:2-1;6年後の旅立ちかな
2
6年後。
12歳になると、選ばれし者は魔王退治の旅に出る。
12になったコオはついに。
〈引きこもりになった〉
コオは家で伸びきったボロボロになった服を着ながらゲームや漫画を楽しんでいた。頭は寝癖だらけで、ご飯代わりにお菓子を食べていた。布団の上は服やカバンが散らかっており使えないので、床で寝転がっていた。
「おい、コオ」
コオの部屋の引き戸を開けるもの。コオの父親だった。
「なんだよ、父ちゃん。勝手に開けるなよ」
「お前、いつまで家にいるつもりだ」
「……べつにいいだろ」
「よくない!」
コオの父親は怒った。少し小太りの少し禿げかけている男だった。
「お前、このまま引きこもっていたらダメだぞ?」
「なんでだよ」
「なんでだと?」
「……」
「俺が引きこもれなくなるからだー!」
〈父トト:無職〉
トトは泣きながら叫んだ。子供のように。
「父さん、働けよ」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 働きたくない! 外に出たくない!」
「なんだよ。子どもみたいに」
「父さんもおばあちゃんの子供なんだ!」
「駄々こねるね、子供か!」
〈立場が入れ替わった〉
子供のように泣きながら駄々こねる父親を見て、コオは自分がこの男の子供であることに絶望を感じていた。自分も将来はこういう感じになるのかと思うとぞっとした。せめて、こんな父親のようにはなりたくない、と心から誓うのだった。
「あら、お父さん。賑やかですね」
これまた小太りだがハゲとは程遠い肩まで伸びた髪の毛の母親の声を後ろに聞いて、父親がビクッとなった。
「お、お母さん」
「あらあら、お父さん、仕事にもいかずに、こんなところで駄々こねるんですか?」
「い、いや、これは」
「いいご身分ですね」
「いや、はや、はは」
「ふふふ」
「……」
「私も混ぜてください!」
〈母カカ:無職〉
カカは楽しそうに駄々こねた。これまた子供のように。
「母さんもやめてくれよ」
「やだやだ。母さんにも駄々こねさせて。駄々こねさせて」
「子供か」
「うー子供よー」
〈これはこれで子供だ〉
駄々こねる母親、それを見て調子に乗って再度駄々こね始める父親、それらを見て自暴自棄になり駄々こね始める息子。傍から見たら大変賑やかな親子だ。
1時間後
「はあ、はあ、駄々こねるのもしんどい」
「……父さん、明日、筋肉痛だ」
「はー、ダイエットにちょうどいいわー」
疲れる息子、死にかけの父親、楽しそうな母親。
川の字で寝転がる3人。
10分後
「それで、いつになったら旅に出るんだ?」
「そうよ、いつになったら魔王を退治するの?」
「いや、旅に出ても魔王を倒せるかは別だから」
〈カカは魔王退治を軽く見ていた〉
椅子に座って両親に説得される息子はすでに体力を回復しながら、息が上がったままの両親の体の老いと頭の幼稚さに呆れていた。
「なんでだ。お父さんがしているゲームでは、旅立った主人公は必ず魔王を倒すぞ」
「そうよ。母さんは途中で飽きて魔王退治まで行かないけど」
「いきなり意見が食い違ってるぞー」
〈カカは魔王退治を見たことがなかった〉
コオは呆れて説得される気が起きない。
「お前、今お母さんのことを馬鹿に思っただろ?」
「そうなの? 母さん馬鹿に思われたの? 魔王のせい?」
「お母さんのせいだよ!」
〈カカは魔王をなんだと思っているのか〉
変な方向に熱が入った2人を見て、家から出たいと少しは思ったコオであった。
1分後
「そういえば、お前、なんで引きこもりになったんだ? 昔はもっと元気だっただろ?」
「俺? そりゃあ、学校でいじめられたからさ」
「いじめられていたのか?」
「知らなかったの?」
「知らないよ。そりゃあ、肩に青アザがあったり、学校の教科書がボロボロに破かれていたり、いつも影で泣いていたりしていたが」
「それを知っていて気づかないの!?」
コオは意外なことを知り、机に勢いよく手をついた。そして、父親に呆れた。
「でも、男の子ならそれくらい普通かなぁ、と思って。それにお前、いつも危ないところ登ったり、勝手に服を切って変な衣装を作ったり、一人で妄想してにやけたりしていたから」
「う……」
コオは恥ずかしくて言い返す言葉がなかった。そういう年頃もあるものだ。
「と、とりあえず、いじめられていたのは本当だよ」
「じゃあ、なんでいじめられたんだ?」
その質問にコオは黙った。頭にはナオのことを浮かんだが、男として口には出さなかった。
「し、知らないよ。そんなこと。なんか気に障ったんじゃないの?」
「そうか。でも、それだけか?」
「どういうこと?」
「いや、お前、そんなことを気にする男じゃなかっただろ?」
トトの目は鋭く光った。まるで、犯人を追い込む探偵のように。
「き、気にするよ」
「気にするかもしれないが、それだけで引きこもるか?」
「……」
「なんかあるか?」
「昔、夏祭りで大怪我した」
「あー、あったな」
昔のことに懐かしんだ。
「其の時に、なんか、外に出るのが怖くなったんだ。また何かの事故に巻き込まれそうで。頭の中であのシーンが出てくるんだ」
コオは自分の震える腕を抑えるために掴んだ。
「そうかー。それはあるかも」
トトは両腕を組んで納得した。
「そうだよ。あの壁が倒れてくるシーンが何回も……」
思いめぐらした壁の転倒シーンに、ジウの姿も思い浮かべたが、それは黙った。
「どうした?」
「ううん。どうもしない」
「そういえば、お前、ウロじいさんのところで死にかけた事もあったな」
「そういえばそうだね。俺が間違えて食べてしまって」
「でも、じいさんは自分のせいだと」
「違うよ。俺のせいだよ。俺が勝手に間違えて食べたんだよ」
コオはウロじいさんが自分にした仕打ちを言うつもりはなかった。男として恩着せがましいのは嫌いだったのだ。
「お前がそう言うなら別にいいけど、あの日からお前の元気がなくなった気がして」
「ああ、毒が当たったんだと思う」
コオの思い浮かべたシーンは、僕を食べたところというよりは、自分の発言を信用してもらえなかったところにあった。しかし、男としてそのことは黙っておくつもりだ。
――
コオは説得されて旅立つことにした。というよりは、家族会議が面倒くさくなった。
母親は寝ていた。おそらく家族会議が眠たかったのだろう。
父親は疲れていた。ただただ疲れていた。
――
コオは旅立った。
――コオは戻ってきた。
「どこに行けばいいの?」
――
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