Perfect Chocolate

長月瓦礫

Perfect Chocolate


女子の黄色い声が時折、耳に入る。

その先には大抵、イケメンがいる。

うらやましいと、唇を強くかみしめる。


特に何か起こるわけでもなく、普通に授業を終えた。終わってしまった。

チョコも愛にも縁がない。友人が何人も嘆いていた。

仲のいい女子がいるわけじゃないんだから、貰えるわけねーだろと思いつつ、少しだけ凹んでいる自分がいる。


やはり、気にしてしまうものなのだ。気になってしまうのだ。

男として示しをつけたいじゃないか。


靴を取ろうとした指先に何かが触れた。見知らぬ誰かがこっそりくれたんだ!

心臓の鼓動が早くなるのを感じつつ、箱を手に取った。


灰色の箱の上に赤く丸い突起物が備え付けられている。

明らかにチョコレートじゃない。何だこれは。

手紙のようなものも添えられており、短くこう書かれていた。


『このスイッチのライトを浴びた人はチョコレートになります。

一度きりしか使えないので、取り扱いにはご注意ください』


「……何だこりゃ」


誰かのイタズラだろうか。

箱の側面には豆粒みたいな電球が取り付けられている。

確かにスイッチを押せば、明かりがつきそうではある。


「相手をチョコに変えて食っちまえってか? ジョークにしては最高だけど」


「何してんの、佐々木君。チョコでもあった?」


慌ててスイッチを後ろ手に隠す。

別に隠す必要もなかったが、相手の姿に驚いてしまった。


「いや、神崎さんこそ一体どうしたの?」


同じクラスの神崎伊代が通学カバンの取手を両腕に通してリュックのように背負い、両手には紙袋を下げるという、斬新なスタイルで声をかけた。

何をどうしたらそんなスタイルに行き着くんだろう。

紙袋からは色とりどりのリボンや包装紙が顔をのぞかせている。


「私が聞きたいくらいよ。いろんな人からもらっちゃって」


「もらったの?」


「そう。バレンタインってこんな日だったかしら」


クラスメイトの友達から部活の先輩、挙げ句の果てには見ず知らずの男子からもらったらしい。新型ウイルスを感染させないように、長期間の外出禁止期間があった。

その間は自宅で課題学習をし、学校生活始まったのはついこの間のことだ。

お互いのことをよく分かっていないまま、学年が上がろうとしている。


それにも関わらず、彼女のこの有様は何なのだろう。

この差はどこでついてしまったのだろうか。


彼女は本来であれば、あげる側のはずだ。

世界の常識が今日を境に変わったのだろうか。

それとも、新手のウイルスに頭がやられてしまったか。


「袋は自分で用意していたのか?」


「そんなわけないじゃない。

これもチョコと一緒に渡されちゃったのよ」


何もかもが予想済みだったのか。その状況に軽く恐怖を覚える。


「本当に申し訳ないんだけど、今は愛の告白もチョコレートもいらないから、また今度にしてくれる?」


うわ、とんでもない強者発言を聞いてしまった。

一度でいいから言ってみたい日本語だ。


「そうだ、神崎さん。これ、俺の靴箱に入っててさ。どう思う?」


スイッチを見せる。

赤いボタンが中心についていて、側面の電球以外は特に何もない。

神崎さんは説明書を疑わし気に見る。


「これ、本当なの?」


「ついさっき見つけたばかりだから、それはなんとも……」


「なんか怖いし、先生に届けたら?」


「だよな」


このスイッチを使って誰かがチョコになったら、とんでもない騒ぎになる。

俺自身もよく分かっていないのだから、言い訳のしようがない。


「ヘェーイ、佐々木君。

何突っ立ってんだ、ゴラァ」


両手をポケットに突っ込んで、メンチを切っている。今、一番会いたくない人が来てしまった。顧問の先生が出張しているから、部活は休みのはずだ。


「先輩、いくらチョコ貰えないからって……!」


「神崎、いいモン持ってんじゃん。

一個くらい、俺に分けてくれてもいいんじゃないの?」


「何でそうなるんですか! みんなから貰っただけです!」


「そうですよ! 貢ぎ物に手を出すなんて、罰当たりですよ!」


「貢ぎ物言うな! とにかく、渡せませんから!」


「先輩こそ実力でもらえるように努力してください!」


特に何かしたわけではないのだろうけど、誰かに頼んだわけでないことは確かだ。


「お前ら、黙っていれば好き勝手言いやがって!」


神崎さんの手を無理矢理掴もうとした瞬間、思わず手が出てしまった。

赤いスイッチを押すと、ランプが点灯した。


先輩の体がみるみるうちに茶色に変色していった。手を突き出したポーズのまま固まってしまった。


「本当にチョコになった……のか、これは」


「でも、この香りはチョコレートよ。どうするの?」


説明書に文章が加わっていた。


『ライトに照らされた相手は徐々に固まっていきます。

お好みの固さでお召し上がりください』


先輩の顔を突っつくと、まだ弾力が残っていた。

ぶよぶよした皮膚の触感とてらてらと光るチョコレートの組み合わせが非常に気持ち悪い。


「そっか、チョコレートだから冷えると固まるのね。じゃあ、温めれば元に戻るかしら」


「それだと溶けるような気もするけど……とにかく、やってみよう!」


その辺にあった雑巾を水に濡らし、ひたすら体をこする。

チョコが消しゴムのカスのようにぼろぼろと剥がれ、一応、元には戻った。


先輩の戦意も削がれたようで、何も言わずに立ち去った。雑巾特有の悪臭を放つその姿に、女子からの視線が釘付けになっていた。



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