第3話 クラブ

 土曜日の夜7時、伊達 邦子はホンダ PCX125をアパートに滑り込ませた。

 邦子は服を脱ぎ捨て、裸になった。筋肉質の体があらわになる。寒空に吹かれた体を温めてから全身を洗う。短い髪と体をバスタオルで拭いて、邦子はバスルームを出る。


 伊達は仮眠を終えてから、レイジブルーのスタジアムジャンパーと黒のチノパンに着替えた。

 スマートフォンを使って、組織が経営するタクシーを呼び出す。専用の番号にかけるだけでいい。

「209号だ。車を手配してほしい」

「209号、仕事か? 」

「ちがう。11時にアパートの前まで来てほしい」

「わかった。車両を手配する」


 空に月が浮かんでいる。黄色いタクシーがアパートの前に止まった。合図にホーンを鳴らしている。女は自動で開いたドアに足を入れて乗り込んだ。

 運転手の上田が顔を後ろに向けた。ピシッとした灰色のスーツに身を包んでいる。サイドの髪を短く刈り上げた以外は顔に特徴がない。

「209号 行き先は? 」

「六本木のブルークラブ」

「今時だね」


 上田は車を静かに発進させた。アクセルをじわじわと加速させる。邦子は運転手との会話を軽く受け流した。

「洋楽が好きなタイプか。音楽は良いね。嫌なことを忘れられる」

「ええ」


 邦子は眠気に負けた。頭を垂れて駅につくまで一眠り。運転手の声で目が覚めた。

「駅に着いたぞ。夜遊びもほどほどにな」

「わかった」

「料金は5600円。コインでの支払いも受け付ける」

「じゃあ、プラチナコインで」


 邦子は1万円の価値があるプラチナコインを上田に渡した。上田は明るい声でさよならを告げる。

「ありがとよ。行ってきな」

「行ってくる」


 駅から少し歩いた場所にブルークラブがある。


 人々は流行りの洋楽に合わせて体を揺らしていた。照明は激しく点滅し、大音量のEDMが流れている。中には端っこでスマートフォンをいじったり、ナンパ相手を探している奴がいる。


 伊達 邦子は遠目にターゲットの姿を確認した。飯島 隼はソファに座って酒を飲んでいる。そばには黒いスーツに水色のシャツを合わせた護衛が3人。護衛のズボンには膨らみがある。


 伊達は必死に人混みをかき分けた。ぶつかった相手には嫌な顔をされたが、おかげでバイクを盗まれたお礼参りができる。

 防弾コートからサプレッサー付きのベレッタ92A1を取り出す。安全装置のセイフティレバーを親指で上げ、重いダブルアクショントリガーに手をかける。


 飯島に向けて三連射。1発がボディガードと飯島に命中。飯島の周囲で踊っていた人々が「ギャー」と叫ぶ。

 驚いた人々が悲鳴を上げながら逃げ出した。逃げ惑う人々が邪魔だ。早く引き金を撃ちたい。


 新たに2人のボディーガードが現れた。大柄の男がコルト・ガバメントを発射。もう1人のスーツを着た男がグロック17を乱射する。

「ちっ、護衛の数が増えた」


 1人目のボディーガードがグロック17を伊達に乱射した。2発の拳銃弾を受け止めた防弾コートに激痛が走る。伊達は反動で床に倒れた。女は背中を床につけつつ、構えたベレッタ拳銃を二連射。確実に一人ずつ仕留めてゆく。


 伊達は左足から"飛び出しナイフ"を抜き取った。ナイフが宙を切る。マイクロテック製 UTX-70が男の太ももに刺さった。

 2人目のボディーガードが叫び声を上げる。男のタマを蹴り飛ばし、飛び出しナイフで頚動脈けいどうみゃくを突き刺す。数十秒後、男は出血死した。


 飯島 隼は2人のボディーガードを連れて、プールがあるVIPルームに逃げた。伊達も走って後を追う。 飯島を守るボディーガードが盾ならば、守りを破る矛になろう。

「殺し屋なんてくそ食らえ。誰が呼んだんだ? 」

「隼、殺し屋は何人いる? 」

「1人で乗り込んで来やがった。あの女イカてるぜ! 」


 3人目のボディーガードが邦子の前に立ちふさがる。右手にコルト・ガバメントを構えたまま動かない。リングハンマーにノヴァクサイトを装備した今風の45口径だ。

「お前が殺し屋か? なかなか美人だな。来いよ」

「美人にこれから殺される気分はどう? 」

「良くないね」


 伊達は3人目のボディーガードの足を強く踏んづけた。痛がった隙に胴骨に2発、頭に1発撃ち込む。ボディーガードが転落したプールが血で染まってゆく。


 4人目のボディーガードは腹を負傷しており、明らかに弱っていた。ランドール14 ナイフを構える姿に覇気はきがない。伊達は腕と足、心臓や肺を狙えば勝てると踏んだ。

 互いのナイフが音を立ててぶつかり合う。女はボディーガードの服を切り裂き、男は防弾コートを切りつけた。

「なかなかるな」

「どういたしまして」


 伊達はボディーガードの背後に回り、スパイダルコのナイフで右腕の筋肉を切った。相手の手からランドールのナイフがこぼれ落ちる。

 逆手に握ったナイフを胸骨に突き刺し、床に引きずり下ろす。最後に足の大腿部の動脈を切り裂いて止めを指した。床に落ちたランドール14 ナイフを拾って走る。

「残るは1人だけ」


 飯島 隼は階段を駆け上がりながらレクサスの運転手に電話をかけた。飯島の心には恐怖と焦りが混在している。

「山本、車で寝てんのか? さっさと入口に車を寄越せ! 」

「わかりました」

「遅れたら承知しねぇぞ。わかったな!」


 伊達 邦子は、延々と続く血の跡を追いかけてきた。1階にある男トイレの前で血痕が途絶えている。女がトイレの扉を勢いよく開けた。既に飯島の姿はなく、アルミサッシの窓を開けて逃げたようだ。


 邦子がトイレを調べていると、5人目のボディガードが入口の扉を開けた。手には45口径の拳銃が握られている。明らかな殺意が狭い空間に充満した。

 男と女が互いに拳銃を連射する。黒いレンガ風のタイル壁に銃弾が命中する。伊達は銃声から逃れるように個室に逃げ込んだ。


 坊主頭のボディガードは早足で個室に近づいた。コルト・ガバメントに7発マガジンを入れながら拳銃を正面に構える。ボディガードは「死ね」と叫びながら邦子に拳銃を向けた。


 一瞬訪れた静寂を破ったのは銃声だった。

 伊達は9ミリ拳銃をめちゃ撃ちした。ボディガードの体に空いた穴から血が吹き出る。床が流血で染まってゆく。「クソッたれ」が男の最後の言葉になった。


 伊達は何食わぬ顔で組織が運営するタクシーを呼んだ。

 3分後にタクシーが来た。黄色い中型セダンに乗り込んだ邦子は運転手に行き先を告げる。


 帰宅後、伊達は情報屋から飯島 隼の居場所の情報を買った。無論、報酬は弾む。情報屋に5万円の価値がある金貨を手渡して別れた。

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