第25話 いない先輩といるコウハイ

「いない……会長が、どこにも……」


 放課後に、ズル休みのツケがきた。

 授業が終わってすぐに生徒会室へ駆けこんだが、無人だった。

 ここにいないなら教室かと、窓から差し込む夕陽に逆らって走るも――思いっきり空ぶった。僕を待ち受けていたのは空っぽの教室だ。


「どうしよ、とりあえず連絡を――」


 手持ちのスマートフォンを取り出して、大事なことに気づく。というよりもこれまで僕は、重大な見落としをしていた。

 事他芽汰は姉村癒の連絡先を知らない。

 それどころか、僕のデバイスには誰の連絡先も残されていないのだ。

 姉村先輩だけでなく、塩峰も、芽兎も、誰一人としてない。

 あれだけ交流があって、どうして認知していないのだろう。


 確かに教えてもらった記憶は頭にあるのに、何故。

 やけに引っかかる気味の悪さがあって、確認に向かう足が縺れる。職員室に行って、会長の行方を尋ねている間にも、謎の焦燥感がずっと心を満たしていた。

 焦りを解消するため、歩行ペースがはやくなり、そして。


「先生たちに教えてもらった場所もダメ、戻ってきてもダメか……」


 入れ違いになったかともう一度生徒会室に戻るが、そこでも成果はゼロ。

 またしても噛み合わなかったかもと、生徒会室と会長のクラスを行ったり来たり。何度繰り返しても、得られたものはまるでなし。生徒会のメンバーも見当たらない。

 姉村先輩は直ぐに帰宅した、ということだろうか。非常に珍しいケースだ。


 会長は、仕事が無くても生徒会室に入り浸っているはず。

 これはまずい、非常にまずい。また湧き出したあの黒煙を何とかしなきゃ――

 僕は見苦しくも一縷の希望をかけて、校内を走って、目線を走らせて、探索して――


「一体全体何をしているのですか、センパイ」


 結果として、先輩でなくコウハイを発見してしまった。

 夕暮れを背景にして校門に寄りかかる少女と、出会ってしまった。


「今はわたしの時間ではないのですが、あまりにもあんまりなお姿だったのでつい声をかけてしまいました。そんなにもヒドイ顔をされているなんて、何があったのですか」

「会長が、見つからなくて。生徒会室にも教室にもいないんだ」

「――はい? 訳がわかりません。その発言の荒唐無稽さ、ひょっとして……貴方はわたしの脳内のセンパイ……?」


 コウハイの中の僕は、一体どんな感じなんだろう。

 意味不明なことを言っているけれど、その反応は想像よりも遥か遥か下のトーンだ。


「なんですかそれは、訳がわかりません。意味がわかりません」

「そこまで、言うほど?」

「これでは言葉が足りないくらいです。会長さんは今、何が何でも生徒会室にいなければならないのに――何故。愚かです」


 苦虫を噛み潰した表情――おそらく百匹ぐらい――のまま、塩峰の大きな瞳は地面をにらみ続けている。


「自殺行為に近い、いえ、自殺そのものです。今センパイと会わないということは、パラシュートなしのスカイダイビングと同等の行為です。下に余程の雪が積もっていれば、奇跡が積もり積み重なっていれば生き残りますが――大抵は死にます。わたしだったら死にます。センパイと会わないなんて、死んでしまいます。寂しさで、兎みたいに。だから、頭に空想のセンパイを飼っているのです」


 言いすぎだよ、と口を挟みたかったし、挟みそうにもなった。

 しかし後輩の語気が、そんな柔な音を差し込む隙間を与えてくれはしない。

 剣呑な表情は、笑ってその場を誤魔化すという安直な判断を許してなんかくれない。

 塩峰が投げかける疑問符は、僕の心を削り取るのには十分すぎるほど鋭利だ。


「万が一にかけて問いますが――センパイは、会長さんの家の場所を知っていますか?」

「――知らない……。学校にある程度は近いということしか、分からない……」

「では、会長さんのSNSアカウントと繋がっていますか?」

「――して、ない……。どのアプリを使っているのかすら、聞いたことがない……」

「でしょうね」


 ――まったく、女の子との交流回数だけ重ねてヘタレですか。

 塩峰がごちた言葉の軽さに反して、浮かべる表情は世界中にある陰鬱を凝縮したよう。

 後輩は顔を上げて僕を見上げると、


「その表情……まさかとは思いますが、センパイは『もしかしたら塩峰が会長との連絡先を持っているんじゃないか』なんて、都合のいいこと考えてませんよね?」

「ごめんなさい、考えてました」

「まったくもう……わたしが調べ上げているのは、たったひとつだ――いえ、それはいいですか。今は緊急です。にしても、まったく――」


 深呼吸に派生しそうなくらいに長い溜息。肺の中の空気を全て吐き出したと思われる後輩は、びしっと僕に人差し指を突き付けた。


「いいですか、わたしたちはあくまでセンパイを中心に繋がっているにすぎません。センパイが核で、わたしたちは周辺です。我々の間には、ほんの僅かな関係しかないのです。ばったり会った時に多少話すことぐらいはあるかもしれませんが、積極的に連絡を取り合うことはないのです。本質的には、敵同士とさえ呼べます」

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