第26話 コウハイと向き合うこと

「敵……?」

「ええ、ライバルです。しかしながら、強敵と書いて親友と呼ぶことはありません」


 一昔前の少年漫画みたいなことを言いつつ、塩峰は一旦押し黙った。形のいい顎に右手を添えて、よくある名探偵ポーズだ。


「……よくよく考えてみると、言いすぎましたね。芽兎さんは別です。むしろ積極的に連絡を取っていき、仲良くなりたいくらいです」

「妹は例外なんだ」

「ええ、例外中の例外です。強敵と書いて友とは呼ばずとも、妹と呼ぶ日は来るかもしれませんから……いえ、わたしが彼女を妹と呼ぶ日は絶対に来ます。来なければなりません。というかいいですね、妹、妹ですか……おねーちゃんと呼ばれたい……意地でも呼ばせたいですね……その時わたしの苗字はどうなっているのでしょうか、楽しみです……」


 妹萌えという塩峰の隠されたスイッチを、いつのまにか押してしまったらしい。言葉が溢れて止まらない様子は、僕にはとても対処できそうになかった。

 妹への熱意を語って、しばらく。


「お、おほん」


 正気に戻った塩峰は、すごく意図的な咳ばらいをした。

 何事もなかったかのように、話題を元々の道へ戻そうとする。


「ともかくですね、センパイは会長さんと自由に連絡ができないということです。最近は個人情報の管理が厳しいですから、当然学校は頼れません。かといって会長さんの連絡先をご存知の方なんて、わたしが知っているはずもありません。わたしの日頃の調査からすると、もちろんセンパイも同様で――」


 せっかくの後輩の上目遣いなのに、僕をじわじわ責める視線のせいでまったく嬉しくない。彼女の顔を見たいけれども視線は絡ませたくなくて、僕の目線はあっちこっちに逃げ惑う。


「大事なお話なので、ちゃんとこっち見てください」


 塩峰の指先が僕の頬にぎりぎり届いて、顔の向きを修正される。美容院でたまにされるようなことなのに、今は恥ずかしくてしょうがない。

 相手の感情など知ってか知らずか、塩峰は現状を続行する。


「センパイが会長さんと何を話したかったのか、わたしなんかにはさっぱり分かりません。ですが、先ほどの焦燥した表情からするに、よっぽど大事なお話なのでしょう。そんなに重要なことなら、もっと前に話しておくべきでした。いつでも連絡が取れることはないのです。どんな時だって傍にいることは異常です。当たり前では、ないのです」


 小さくて暖かい両手が離れていく。支えになっていた指先が遠ざかっても、僕は塩峰の方を向いたまま。


「分かりましたか?」

「分かった。こんなことは、もう二度とないようにするよ」

「肝に銘じてください。わたしだって、いつもいつでもセンパイの側にいるわけじゃないんですから」

「塩峰が言うと、なぜか真実味に欠けるかも。ずっと傍にいそうな気が……」

「さりげなくストーカー扱いしないでください。わたしは、ずっとセンパイを空想しているだけです。そう意味ではずっと傍にいますけど、付きまとうなんて危害は与えません」


 抗議の意味としてはとても弱めに、僕の袖を引っ張る後輩。


「そんなこと言ってると、ほんとに一生ついていっちゃいますよ」

「怖いなあ」

「だから怖がらないでください。一生一緒にいても、怯えないでください」

「いや、超こわ……伸びる、袖伸びちゃうって」


 思わず反射でほどきにかかる。

 布を摘まむ親指と人差し指は、軽く手で払うだけで簡単に離れてしまった。それくらいの弱い掴み方にもかかわらず、下手人のほっぺは瞬間的に膨れている。

 いや、弱いからこそ――払いのけられたことで不平が膨らむのかも。


「今わたし、不愉快になりました。謝罪と賠償を要求したいぐらいです」

「あ、つい、ごめん」

「償いを、求めます。たくさんたらふく要求します」

「ごめん、今手持ちがなくて――」


 ぺしり。額に衝撃が走ったと気付くのに、要したのは一秒か二秒か。生理的に閉じてしまった瞳を開けると、でこぴんを構える少女の姿が目に入る。


「おバカさんですか、大馬鹿さんですか、さっきのお話を忘れたのですか。三歩どころか一歩も歩いていませんから、鳥さん以下の頭ですよ。ほんの少し前のお話はどこへ行ったのですか。遠いお空のかなたですか。翼が生えて飛んでいきましたか」


 はぁ、とため息を追加して数秒後、塩峰空留は一転笑顔に。

 スマイルにも良いのと悪いのがあって、これは確実に後者だった。僕が手放しで喜べるような微笑みでない。


「手持ちがないではないのです。言い訳は通用しないのです。わたしたちにとっては、わたしにとっては今が大事ですから、センパイにはすぐに対価を支払ってもらいます」

「にしても、どうやって」

「カラダで、です」

「へ?」


 疑問符が浮かぶ。これ以上ないくらいに、量産されては膨らんでいく。


「わたしと一緒に、会長さんのお家を探しましょう」


 混乱する僕からは目を逸らして、まるで丸っきり無視するように、できるコウハイは債務者から取り立てる。


「これからのデートが、今現在センパイに支払える唯一の対価ですよ。耳を揃えて、きっちり支払っていただきます」

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