第16話 妹と謎のツーショット写真

 満腹になったところで、自室に籠る。籠らざるをえない。

 妹と話していると不自然に落ち着いてしまうからなんて、意味不明な理由で。

 リビングにいては日常に戻ってしまう。ぴんと張っていた緊張の糸が途切れて、緩んでしまうのがとても恐ろしかった。


「全然、思いつかないな……」


 一人で、馴染みある天井に向かって愚痴る。

 ベッドに寝転んでずうっとキャラ付けの方策を考えても、すぐに集中を切らしていた。目を瞑っては頭を回転させ、意味も無く部屋を歩き回り、またベッドに突っ込むの繰り返しだ。


 僕が緊張感を取り戻すため、手に取ったのは一冊のアルバムだった。今日の朝目覚めて何となく開き、すぐに閉じた代物だ。

 ページをめくる手が震える。それでも開く。ひらり落ちた写真を手に取って、ひたすら凝視。いま目にするとはっきり分かる。昼に屋上で見た黒霧と写真を黒く穢しているモノは、全くの同種だ。


 であればこの少女は――僕の隣で映っている子は、消えたのだろうか? 

 つんでが書いた手紙の文面は真っ白になっていたのに、どうしてこの少女は黒く塗りつぶされているのか。この写真は、ツーショットならぬワンショットであるのが自然なはずだ――不自然なのが自然である。

 コンコンと、謎に苦しむ頭をノック音が追撃した。反応する間もなく声がする。


「おにーちゃん、入っていい?」

「え、だ――」

「入るね」

「え⁉ ちょ――」


 早急に例の写真だけをふとももの下に隠してベッドに座る。


「問答無用だね……どうしたの、こんな時間に」

「おにーちゃん、爪切ってあげる。あと、なにか隠してたのも見ないでいてあげる。またちょっとえっちな、『らいとのべる?』とかいうやつだって知ってるもん。妹の出てくるやつ」

「違うよあれはいかがわしいことを目的に買ってるんじゃなくて話が良いから全巻揃えているのであってカラーイラストはあくまで――じゃなくて、いいよ。爪ぐらい自分でやるから」


 今は、そんなことしている場合じゃない。急いで本の配置場所を変えて――じゃなく、切る振りでもして退室して――


「嘘つき。そういうこと言って、おにーちゃんがやらないのも知ってるよ」


 心中が露見していた。


「なんでバレた、みたいな顔しないで。それぐらい分かるよ、妹だよ?」


 ずっと一緒なんだから。小さな口から洩れた台詞は、僕の胸に深々と突き刺さる。


「そこ、動いちゃだめだからね」  


 芽兎は爪切りを片手に、そしてゴミ箱を掴んでからぴょんと寝台に飛び乗って、ツインテールを揺らす。


「手、出して」


 しずしずと差し出す。まるでギロチン台に首を差し出すかのように。


「そんなに怖がらないで、痛くなんてしないから」


 ぱちりぱちりと小気味良い音が鳴り響く。

 痛みはない。かつていた幼馴染なら、深爪していたに違いない。

 ――いやそもそも彼女は、僕に触れようとはしないのだったか。


「終わったよ。足も出して」

「いや、い――」

「よくないの、出して」

「はい……」


 小さくて暖かな手が僕の足首を掴む。くいっと引っ張られると、隠していた写真がずれる。


「もっと、こっち」


 切りにくいのか、足を引き寄せられ続ける。芽兎に指示された通りに動いていくと、お互いの太ももを十字に重ねあわせての、密着した形になる。

 こっちの方がやりにくいのでは?

 つい口をつきそうになった疑問は置いといて、今はこの時を安らかに過ごしたかった。

 妹にお世話してもらっているという、僕にとっては稀有な状況を享受したかった。


「はい、おしまい。――ん、なにこれ?」


 あ、まずい。


 体勢を崩されたせいで隠しきれなかった写真。それを手に取り、事他芽兎は一言。


「あれ、しゅう、ちゃん……?」


 その写真に写るのは、僕と名も顔も知らぬ誰かだけ。

 絶対に怪物の姿など、ありはしないのに。



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