第13話 後輩と書店、盗聴と追跡
「はい、まず最初に言うことは?」
「かわいい後輩に気付かず、すみませんでした」
初手謝罪以外の選択肢は残されていなかった。土下座まで提示されれば、迷うことなく実行しただろう。場所が場所だけに憚られるが、それでもこっそり頭を床に付けていたはずだ。
「まず言うことは愛の言葉ですけど。まあまあまあ、よいでしょう。それにしても、お顔が暗いですねセンパイ。それほどに悩んでいましたか」
「はい……とても大事なことを考えてて……」
「ロリな女の子への想いを我慢するための、大切な二次元の作品選びですからね。仕方ないです。満足できなければ爆発して病院もしくは少年院送り、問題は議院にまで及ぶでしょう――一歩間違えれば大惨事です。いや、もうなにもかもを既に間違えている気はしますが。何かを起こす前に、一番距離の近い後輩で手を打つというのも――」
「僕はロリコンじゃないよっ‼」
たまたま今期アニメ化されていた作品のヒロインがロリに偏っていて、それがマーケティングの結果、書店に平積みされていたという事実しかない。そこに僕がロリコンである情報は存在しないのだ。ここにある本が僕の本棚にあるのも、出版社による策謀。
「では、こういうのが好きじゃないと? 嫌いだと?」
「いや、嫌いとはいえない。嘘はつけない。だけど、まあ特別好きってわけじゃなくて」
「センパイは、こういったものはちっとも違法所持していないと?」
「まあ、いえ、その、ええはい、……持ってます」
面白かったからしょうがない。面白い作品に、人は抵抗不可能だ。
「正直なのはいいことです。わたしとしても、市場調査が出来ますから。あちらのグラマラスな女性が描かれた本へセンパイの目がいったときは、心臓がきゅっと痛みました」
「……あれはあれで持って――いや、僕が本を検分してるところ、見てたの?」
「いえ、たまたま偶然目に入ってしまったんです。あまりにも普段と比べて挙動がおかしかったですから」
「え、嘘。そんなことは絶対ない、ないはず……」
「ほんとです。いつもセンパイが本を選ぶのに比べて、相違点がいっぱいありました。本を手に取る速度が平均して二・五秒遅いです。反して中身のチェックスピードは普段より平均一・三秒縮んでいましたね。このことから平時よりも表紙に意識を割いていたことが――」
「ちょっと待って」
詳しすぎる。というか怖い。具体的な数字が犯罪的な雰囲気を醸し出しつつある。
「塩峰後輩」
「なんですか事他センパイ」
「僕は君と一緒に本屋巡りをしたことがあったっけ?」
「いえ、ありません」
「ならどうして詳細な情報を?」
「わたしとセンパイ、お気に入りの書店が被っているようで、よく遭遇するんですよね」
「あれ、僕には会った記憶が無いけど」
「期せずして後姿ばかり見つけてしまうのですよ。いつも私が歩いているときは、先輩が隣にいる空想をして歩行しているのに……どうしてですかね、世界の不思議です」
ストーカー疑惑よりもそっちの方が怖かった。それこそ冗談であってほしい。
「ああ。賢明なわたしは、有力説を思いつきました。センパイが子供っぽいコーナーばかりにいるから、大人っぽいコーナーによくいるオトナな塩峰さんが、後ろを取りやすい説」
「因みにこの本屋さんの場合、ラノベコーナーを後ろから観察できるのは児童書・絵本コーナーしかな――げふっ」
「おっと、ちょっと転んでしまいました。すみません、ぶつかってしまって」
何もないとこで直立状態のまま自然に転ぶ、という後輩の神業が繰り出された。
「それで、なんでしたか、センパイが変というお話でしたか?」
「そう……かもしれない」
あれ、おかしいな。さっきまで僕たちは普通に会話してたよね? 記憶に差異がある。
「センパイが変態であるという話でありましたね」
「いや、違うよ⁉」
「大丈夫です。センパイがどんなに変でも、わたしは受け入れますから。どんなに悪くても、それを受け止めますから。どんなに思い悩んでいようとも、隠した罪があろうとも、決して拒絶はしませんから。絶対に」
水晶を思わせる曇りない眼には、一定の狂気が宿っていた。冗談にしても、怖かった。
僕は果たして、親しい人の全てを受け入れられるだろうか、受け止められるだろうか。
どんなふうになったとしても、どんな結末になったとしても。
「だから、センパイ――告白してください」
しっとりと濡れた瞳が、僕の両目を射抜いて瞬きを禁止する。
「センパイの悩みを――洗いざらい吐き出してください」
一歩踏み出しながら僕の裾を引っ張ることで、逃げ出すことを許さない。
「これでも言いだせないですか、仕方がありません。ぴしゃりと言い当て、隠す余地が最早ないことを教えて差し上げましょう、ズバリ、中学生と小学生で悩んでいますね?」
的外れもいいとこだった。的の方向にすら矢を放っていなかった。
目を点にしているであろう僕の表情を見て、
「いや、誤魔化そうと無駄ですよ。今までの調査から、センパイの興味が高校生以上にないことはお見通しなのですから」
「今までの調査って何さ……」
「累計五〇〇万字以上に及ぶセンパイ調査記録と、一週間余裕でわたしの暇を潰せるセンパイムービーと、合成音声が自由自在に作れるよう収集したセンパイボイスと、大学ノート五冊にわたって紀伝体形式で記述されるセンパイ本紀と空想センパイSS集――ひゃぁっ‼」
起伏が無いためすんなり胸ポケットに入っていた塩峰のスマホを抜き、画面を確認。
やはり録画機能がオンになっていた。
「何するんですかヘンタイセンパイ! 女子の胸はダメでしょう、胸は!」
「盗撮もダメだからね?」
「むぅ……消えちゃう資源の貴重な保護活動ですのに……じゃあ正面から撮らせてください」
「なんで僕がOK出すと思ったの?」
「センパイ、なんだかんだ甘くて優しいですし……いけるかなぁと」
完全に舐められていた。
「甘い、甘いかなぁ」
「甘いです、激甘です。いくらわたしや姉村会長が可愛いからという点を差し引いても、相当に優しいです。優しすぎます」
かなりの不満を頬一杯に膨らませて、塩峰は抗議の意思を示す。
「先輩が優しいんだったら、後輩的にはいいんじゃないの?」
「わたしだけに適度に優しかったらいいのです。でも、優しさだってインフレします。そこらへんにある優しさは、いずれ普通になってしまうモノです。誰か一人にのみ向けられる特別な思いだけに、特別な価値が生まれるのです。デフレを希望します」
女の子経済学は難しい。ミクロもマクロもセンシティブだ。
優しさはたくさんあればあるほど良いと思ってしまうのは、僕がそういったことに疎いからだろうか?
「センパイはハイパーインフレですよ。このままではあっという間に崩壊です。わたしにだけ
今朝。今日の朝。
その時間にあったことと言えば、僕にとっては一つだけ。でも彼女たちにとっては。
「あれ。今朝に――何が、あって――?」
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