第5話 甘えたがりのおねーさんと、カッコつけたがりの生徒会長

「めーくんのことは、おねーさんが直々に調査してあげよー。さ、ぬぎぬぎ――」


 予備動作を一切感じさせず、姉村先輩の指がわしゃわしゃしながら伸びて、


「――っ! なんか、やらしい、ですね」


 僕と会長の間に、塩峰が壁となって立ち塞がった。なお壁とは比喩で他意はない。


「――え。め―くん以外に、いたの……え、え⁉ い、いつから……えと……」


 それと、なにやら焦っている方が若干一名。

 姉村先輩は動きをぴたり止めて、背筋を一瞬で伸ばし、怪しい手つきをやめて腰に手を当て、凛とした容姿に様変わり。見目も合わさって非常に格好いいが、もう遅い。

 ああ、表れてしまった、猫かぶりが。いや、獅子かぶりとも言うべきか。


 姉村癒の有する二面性は、僕からすれば本当に残念だった。

 基本的に彼女はさぼりたがりであり、すぐに他人に甘えたがる。だから親しい者だけが近くにいると、普段維持している一面を即座に外してしまう。

 親が厳しい反動だと当人は言い張っているが、普通に本人が持つ悪癖だろうと僕は当たりを付けている。


 今回は事他芽汰を見て甘えようとすぐさま駆け寄り、通行人から僕を遮蔽にして仮面を脱ごうとしたんだろうけど、塩峰空瑠のことを見落としたようだ。

 普通気付くでしょ、と突っ込みたいがこの人は普通でないのであった。


 異常である。

 好きさえあれば――隙さえあれば後輩にだらだらと甘えるメンタルも、醜態を晒そうがカッコつけなおす強靭な精神も、それらが痛くならない容姿も、何もかも。

 異常であることが、姉村先輩にとっての通常である。


「――おほん。事他後輩、この子はいつから?」

「いや、最初からいましたよ会長」

「ふむ、君は女子同伴で学校に来ていたということか――会長権限でどうにか校則違反にしたいものだな」

「職権乱用しないでください。というか、たかが生徒会長にそんな権限ないでしょう」

「たかがとはなんだ、たかがとは! みんなの前で喋るの、緊張するんだぞ! 敬ってくれ」


 会長は僕に抗議を終えると、塩峰へ向き直り、


「さて、そちらの子は初めましてだな。集会などでいつもつまらない話をさせてもらっている、生徒会長の姉村癒だ。よろしく頼む」


 だらだらモードの邂逅など無かったかのように、右手を差し出している。無理がある。


「あ、いえ――初めてでは、いやでも、あ、はい、よ、よろしく、お願い、します……」


 そして、我らが後輩も弱弱しく握手に応えた。尻すぼみに小さくなっていく挨拶も添えられている。

 意外と人見知り?

 そういえば、コウハイが誰かと喋っている所を見たことがない。現れるときはいつだって単独で、待ち伏せていることが多いような。仲がいいとはいえ、ずっと彼女を見続けている訳ではないから(ストーカーで捕まってしまう)単なる偶然だろうが、心配にはなる。

 人をどうこう言えるほどに、僕も友人は多くないのだけど。


「あう、う、うぅ……」


 いたずらっ子に怯える子猫のような呻きが、隣から聞こえてくる。原因を探ってみると、二人の間で固く交わされ続ける握手だった。仲良し、とは言い難いか。


「ついでだから、このまま身だしなみチェックだ。残念ながら、私は既に一つ違反を見つけてしまったらしい」


 塩峰はぶんぶん振って手を振り払おうとするが、会長はにこやかなまま離しはしない。

 ごめん後輩、その人意外と身体能力高いんだ。

 そのまま会長は握ったままの手を持ち上げて、塩峰の手先を凝視する。


「ふむふむ、ふーん。やはり、私の目には少し変わって見えるが……」

「そうですか? 僕には普通に見えますけ――いだっ‼」


 がずっ! 後輩により、足が思いっきり踏みしめられた。つま先らへんを念入りにぐりぐりと。褒美にしては痛すぎて、頑張らないと喜べないレベルだ。

 なんとか誤魔化そうと援護をしただけなのに……。


「はは、なにかすごい音がしたな。まるで、手元のお洒落を無視された怒りをぶつけたかのような音が」


 先輩は一時的に破顔するものの、また生徒会長としての顔に戻った。


「微妙なライン――気遣いや注意力に欠けた冴えない男子高校生には、気付かれないクラスの小さな違反だな。だが先生方に見つかると面倒ではある。今すぐ落とせるか?」

「いえ、道具が無くて……」

「なら私の手持ちを貸そう。くれぐれも先生方に見つかるんじゃないぞ」

「ありがとうございます」


 どこからともなくポーチを取りだして、なにやら小瓶を手渡す会長。

 用意がよすぎる。この状況をある程度予測していた、まであり得る。

 この人なら、それぐらいのことをやりかねない。優秀ではあるのだ。

 舌を巻きながら、スニ―キングミッションに旅立った後輩の背中を見送ると、


「いやーつかれたよー」


 会長の姿勢はどろりと融け堕ちた。まるで夢でも見せられていたみたい。

 こちらが夢であればいいのに。


「会長、人来るかもしれませんよ」

「めーくんの影に隠れながら、人気のないとこに行けば問題ないってー」


 腰をぐいぐい押す力に屈して、みるみるうちに僕らは旧校舎の裏へ。


「仕事はどうするんですか、身だしなみ検査は放り出しですか?」


「優秀な後輩ちゃんたちが後から形だけやってくれるし、そもそもガス抜きだしねー、ほどほどでいーんだよ」

「ガス抜き?」

「そ、センセ方の間で、校則を厳しくしようって雰囲気があってねー。議論が白熱しちゃって拘束が強まりそうだったから、おねーさんがてきとーに提案したんだよ。生徒会と風紀委員会主導でやらせてくださいって。生徒自身がやれば、それなりにマイルドになるからねー」


 めんどかったよーと、不平不満を吐き出しながら会長は僕にしなだれかかってくる。


「だから急だったんですね。でもどうして忙しい朝に? 今日の五、六時限目は生徒総会ですから、まとめてやればよかったのでは?」

「忙しい早朝だからこそいいんだよー。センセ方もこういった生活指導に熱心な人ばっかりじゃないから、さっさと切り上げたいって人も相まって、なぁなぁで終わるんだー」


 よく考えている人だ。

 学校の会長職なんてそこまで頑張ることないだろうに、この人はいつも最善を尽くしている。いつだって全力ではなくとも、いつだって最善になる。


「すごいですね、会長は」

「すごくないし、すごいって言うよりはえらいえらいって褒めてほしいなー」

「どうしてです?」

「そこを当てるのが、男の子の役目だよ」

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