第24話


 24


 暗い部屋に一人、システィーユ・ラハーマは囚人のような気持ちで椅子に腰かけていた。

 この部屋には騎士しか入ることができない。上階である騎士団の営舎には何人かの従卒が仕事で出入りするが、地下に下りる階段は表側からでは目に入ることもない。


 パトリア邦国白馬騎士団はトマーヤに限らず全ての営舎で地下に反省室をつくらせていた。もっとも、反省室に限らず営舎の建築構成は同じであるが――とかく人目につく女性の騎士であるから、違反のあった騎士は処分が決まるまで地下の反省室で謹慎させるのが決まりであった。システィはこの反省室まで下りる途中に設けられた中二階の監視室でじっと足元の小窓を睨みつけているのだった。小窓は反省室から見れば天井に近い高さとなっており、中から監視者を見ることはむずかしくなっている。


(まさか本当に、ここに入ることになるなんて……)

 ドラゴンと戦うこと以上に、有り得ないことだと思っていた。実際、騎士学校の頃に見学として一度だけ見たきりで、今日まで存在そのものを忘れていたくらいだった。任務中の違反についてもほとんどが訓戒程度で済むし、さらにその大半が目こぼしされるのが通例だと聞いていたのだが、フェンマラノーラ・テロミアが犯したのは命令不服従、脱走、別隊潜入、教唆、扇動……と、総括して叛乱行為といっても過言ではないものだった。それらを書き連ねた提出書類がシスティの目の前に置いてある。読んで二ページ目には頭がくらくらしてくるような内容だった。


 ちらりと足元の小窓に目をやれば、そこにはあの王子然とした鳶色の髪があった。ベッドと机と椅子だけという殺風景な反省室もフェマの気位の高さを削ぐものではなかった。彼女は身なりを整えておとなしく座っている。こちらには背中を向けている為、顔を見ることはできないが、もしかしたら笑っているのかもしれないと思わせるほど悠然とした佇まいを保っていた。それは二日前、ヘルミネ・アストラーダに撃たれて逮捕された時から変わることのないフェマの態度であった。

 カミラ・ロシェルによれば、フェマはブリック・ライムの小隊に潜入してバフェットウルフのロブロスが率いる狼の群れと交戦した後、共に撤退せず行方がわからなくなった。その後、キッセイ牧場へ帰還するジェニア・フォルセナの小隊の前に現れたが、発見時点でヘルミネ・アストラーダが発砲して取り押さえた。この時、金精を同化させた特殊な水溶液を投与して脳を制御した狼を一頭従えていた。さらにロブロスと思われる狼の頭部を持っていた。狼を使役してロブロスのを追跡し、発見した死骸から頭部を切り取ったが、その死骸が食い荒らされた痕跡を追ってヘルミネの前に到着した――ということだらしい。


 最後に小隊を襲った四頭のバフェットウルフはやはりロブロスの子どもであった。彼らは死に際の親を共食いすることで体内に精霊を取り入れてバフェット化したらしい。しかし彼らはロブロスに比べて若く、精霊を使う術に長けていなかった。その為、容易にセリカ・ソーラに捕捉されることとなって、文字通り一網打尽となった。ロブロスが土と木の精霊を使うことはわかっていた為、眠らされたバフェットウルフはキッセイ牧場に運ばれた後、すべて鉄の拘束具がつけられた。現在、トマーヤから回収チームが向かっており、それまでコリンナが監視をしている。

 第二小隊はキッセイ牧場で一泊した後、トマーヤに帰還した。フェマとその従卒たちは囚人としてであり、武器装備の類はすべて取り上げられていた。カミラはブリックのところから直接トマーヤに帰還して合流することになった。システィは小隊を構成する騎士が三人になった為、帰還する時は一番後ろについていた。前にヘルミネ、中間にジェニアが並び、二人の間にフェマを置いて見張りながらの帰還であった。とても事件解決の凱旋という雰囲気ではなかった。

 ジェニアは前もって帰還する旨をトマーヤ市長に伝えていたが、同時に出迎えや歓待をしないように付け加えていた。街に戻ったのも早朝にこっそりというやり方だったので、市民に騒がれることなく営舎に入ることができた。そしてすぐにフェマをこの反省室に閉じ込めた。


 そろそろ一時間が経とうとしている。システィは監視室の本棚から騎士の教本を出して読んでいた。そこには違反行為と取り締まりのことについても書いてあった。最初は犯罪録のような本を読んでみたが、ドリトン大陸最初の戦乱の原因となったカート王の後宮殺戮など既知のものを読み飛ばすと、人喰いバフェット、ソビーという項目を見てしまった。

 ソビーは三十六もの邦国が乱立して戦争していた暗黒期の騎士で、優れた精霊使いであった。反面、彼は不要な虐殺を好み、特に火精を使って火あぶりにすることに夢中になったという。その日も敵勢力の意気を削ぐという実体のない理由で部下を率いて村をひとつ襲い、住民を集めて穴を掘らせた後、穴にまだ人が残っているのに火を放った。彼は手を叩いて悦んだ。しかし、その光景に初めて立ち会った若い騎士が衝動的にソビーを穴の中に突き落としたのである。自身が焼け焦げる臭いを嗅ぎながらソビーは火精との同化に努めた。元々は自分がコントロールしていた火精であるから、同化自体はうまくいった。完全同化を果たした人間はエルフとして生まれ変わると言われていたが、その時のソビーの心は憎悪と傲慢で満ちていた。彼は炎の中で自分を突き落とした若い騎士を数百の言葉で罵り、その数千倍もの憎悪でもって精霊と同化した為、身体の組織が変貌していく過程で邪悪なる支配を望み、理性を捨てて狂気を迸らせた。彼はエルフではなく、バフェットと化した。その後のこともかろうじて生き残った従卒によって語られていた。


 燃え盛る穴の底からおそろしい笑い声と共に炎そのものが人間の形をして這いあがってきたかと思うと、最初に突き落とした若い騎士に襲い掛かった。騎士は剣を払って防ごうとしたが、刃は陽炎を相手にしたかのように炎の体をすり抜けていってしまった。そうすると、今度は炎の番で、その灼熱の体で若い騎士に覆いかぶさると、鎧兜ごと騎士の体は融けていった。それはほんの数秒の出来事で、かつてソビーと呼ばれていたであろう炎そのものが起き上がると、地面には半分融けた甲冑だけが残っていた。その様子を見ていた従卒や村民は一斉に逃げたが、炎が息を吸うような動作で胸をそらすと、次の瞬間、巨大に膨れ上がり、まるで火山が噴火するように上方に身体を伸ばしてから傘状に降り注いだ。この炎の津波に飲み込まれた人間は皆、最初の若い騎士と同じように肉体をこの世から消失させることとなった。

 ソビーはそれから八ヶ月後に討伐されるまでの間、多くの人間を喰い殺した。途中から本当に喰べるように、人間の口に当たる部分から人を飲み込んで殺害していったという。

 この項目の途中でシスティは、これは夢に見ると思って閉じた。そして読み慣れた騎士教本へと手を伸ばして、一時間ほど経った頃に、上階の扉が開いた。

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