セーター

和画(わが)

セーター

隙間からこぼれる光で朝だと気づく。


扉が全開に開かれ目一杯の光を浴びる。


丸めていた体が広げられ、温もりを包み込む。


テレビでは天気予報をやっていた。どうやら今日はいつもより寒いらしい。


上にコートを羽織り、鏡の前でファッションチェックを行う。


うん、最高ね。そりゃそうだ。だってお気に入りだもん。


バッグを斜めにかけて家を出た。


久々の外出。最近は体調を崩してたから全然出かけられなかった。


今日は気になる彼と2回目のデート。


ルンルンの状態で彼女は集合場所に向かった。




集合時間の3分前に到着する。彼は既にいた。


こっちが「ごめん、待った~?」と言い、彼が「ううん、今来たところ。」と言う。


もちろんこの流れは計画済み。


5分や10分前に着いちゃうと相手よりも先に着いてしまっている可能性がある。


すると相手は彼女を待たせてしまったと罪悪感を感じてしまう。


遅刻せずかつ彼が既にいるというこの条件を満たすには3分前が一番良いのである。


無論3分前より遅く着く相手は論外。


相手を思いやることが上手く付き合うコツ。これ常識。


「じゃあランチに行こっか。もう席は予約してあるよ。」


さすがね。事前に予約まで済ませるあたりできる男。


彼が予約した店に向かう。


「今日の服良いね。コートが似合ってるよ。」


まあ、上級品のコートだし当然っちゃ当然。


でも中に着てるセーターもさらに一級品なんだから。


外面より中身の方が大事なの。


「あ、着いたよ。ここの牛タンがおいしいんだ。」


ええ!?まさかの焼肉!!??


あり得ない!臭いが付いちゃうじゃない。


「ああ、大丈夫だよ。紙エプロンあるから。」


そこじゃない!いやそこも大事なんだけど。


なんかデリカシーが無さそうね。


まあ、せっかく予約してくれた店だし申し訳ないから渋々受け入れる。


でも店の雰囲気は上々ね。個別部屋で黒を基調にした高級感があるわ。


なにより店員さんの対応がよろしい。


案内された席に向かう。そこには既に上質そうなお肉とフレッシュな野菜たちが綺麗に並べられていた。


羽織っていたコートを脱ぎ、ハンガーにかける。


「お、中のセーターも良いね。コートともよく合う。」


やっと気づいた。まあ及第点ね。


紙エプロンをかけ、肉を焼き始める。


彼がちょうどよい焼き加減でに彼女にお肉をくれる。


「焼きすぎるとせっかくの上質なお肉が固くなってしまう。だからここ。このタイミングでもう焼くのをやめる。あとは余熱が入るから心配ないよ。こうすることで肉のうまみを閉じ込めることができるんだ。」


さすが手つきが慣れているだけあって知識も豊富ね。


「まあ、最近知ったんだけどね。はは。」


それでいて謙虚。


「ん、これちょうど良いよ。ほら先にどうぞ。」


気遣いもできる。


「美味しい?はは、良かった。」


笑顔も素敵。


あらやだ完璧すぎませんか?体も熱くなってきちゃった。お水お水。


なんだかいい感じじゃない。確かに周りも彼は良い人とか言ってたわね。


まあ焼き肉連れてくるのはどうなのかなと思っちゃったけど。


覚えておきなさい。女の子は臭いホント気にするから。


消臭スプレーとか意味ないから。



浅草からすみだ水族館に夜はスカイツリー。なかなかのデートプランね。


しいて言うならちょっと歩きすぎたくらいだけど。


汗かいて臭いが心配。冬は臭いがこもりやすいのよね。


まあでもいいんじゃない? 3割凶が出る浅草寺で絶妙な中吉を引いたし、


これはもう実質大吉でしょ。


彼と華々しくカップル人生を送れそう。


こうして彼との2回目のデートは終わった。


学校でも会うし問題は無いんだけど本当はもう少し居たかったり。


なんてね。学校の時私はいないんだけど。


3回目のデートですべてが決まるらしいから次に期待ね。


もちろんその時は彼にも褒められたこの私を連れていってね!



家に帰るなり風呂に入りパジャマに着替えた。


今日着た服は丸ごと洗濯かごに放り込まれた。


あれ?私こっちだっけ?


いつもと違う場所に困惑しながらも


今日の疲れがどっときてしまい、そのまま眠ってしまった。




起きたらあたりは真っ暗だった。


頭がぐわんぐわんする。


ぎゅうぎゅうとした狭い空間に良い匂いと湿った空気が混ざり合い、居心地が悪かった。


あれ?もしかして手洗いじゃなくて洗濯機に放り込まれた?


視界が明るくなった。


それが太陽の光だと気づく。


自分の体を見て驚愕する。


いやああああああああ!体が縮んでいる!!??


近くから主の声が聞こえる。


「なんで洗濯機に入れちゃったの!?手洗いって書いてあるじゃん!!」


「あんたが洗濯かごにまとめて入れたからでしょ!私のせいにしないでちょうだい。」


「こんなに縮んだらもう着れないよ~。」


主の嘆きが響く。


でも安心して。ちゃんと元に戻る方法はあるのよ。


ちょっとめんどくさいけど。


「まあ、でもほらいろいろ戻し方あるわよ。」


そうよお母さん。あるんです。調べてくださいな。


「もういい!この服着ない!お母さんの馬鹿!!」


え?待って!そんなこと言わないで!


お母さんもそこで諦めないで。私まだ着れますよ!


私をこのままにしないで!!




結局縮んでしまったままお母さんがクローゼットに戻した。


「あれ?なんか縮んだ?」


「はははははは、あなたも堕ちたわね。」


「まあ同情はするけど、ここに来てからずっと優遇されてたし、いい教訓になったんじゃない?」


同僚からは嘲笑と同情の声をかけられる。


私はまだ着れるのに。


そして私の出番は消えた。


たった一回の洗濯で私の運命は大きく変えられた。


「こういう時化学繊維とか強いよねぇ。コットンとかもしわになっちゃうから洗濯する度きついんです~。」


Tシャツが嘆いている。


貴様は洗濯に強いからまだいいだろ。


なにより化学繊維が私は嫌いだ。安価で大量につくれるけど、


それが地球環境に良くないって気づいてないの?


そんな思いとは裏腹に、彼女たちは頻繁に選ばれていく。


天然素材で丁寧に作られた服こそ至高の一品。


それだというのに私の価値は「丈夫さ」という新たな価値に

奪われた。


周りがどんどん選ばれるたびに私はどんどん奥に追いやられ、


いつの間にか忘れ去られてしまい1ヶ月が経った。




次に私が目を覚ました時は知らない天井だった。


「もったいないね。しっかり手入れすればもっと着れるのに。」


知らない男が悲しそうな目でこちらを見ていた。


体を見ると縮んでいた体が元に戻っていた。


この人に直してもらったのか。


体を折りまとめられて、見晴らしの良い場所に置かれる。


周りにはなかなか質の良いニットやセーターが並んでいた。


「おう新人か。全然綺麗じゃないか。珍しい。」


隣から声をかけられる。


「ここはリサイクルショップさ。ここでまた新たな主と出会うのを待つのさ。」


なるほど、私は捨てられたのか。


まさか私がこんなにも早くここにお世話になるとは思っていなかったが。


日本の職人さんのしっかりとした技術から生み出され、かの有名なブランドに引き取ってもらったというのにこんなにも早く見捨てられるとは。


「まあ、何があるかわからないよな。俺なんか急に空から鳥の糞が降ってきてこのありさまよ。」


それはお気の毒に。


「でもまあここの生活も悪くない。ここの古着屋はモノを大事に使おうと考えている人が来ることが多い。店主がそういう思考をもった人だからな。」


確かにあの店主は良い人そうだ。


「鳥の糞が落ちたときはとうとうお墓行きかと思ったけどな。鳥の糞って取り除くのが大変でね。店主は頑張った方さ。それ以上に問題なのがこの体なんだけどな。なかなか刺さる人にしか刺さらないというか。最近はシンプル思考が強くてね。」


確かにそんな奇抜な体は中々見ない。


「いままでいろんな人を見てきたけど、長く使われるのはみんなシンプルな見た目だったな。なにより安いものはすぐ捨てられる。かといってデリケートなものも扱いが難しくてそんなに着ないうちに捨てられる。それがまた良いと思うんだけどな。現代人に長く使ってもらうにはシンプルでそれ相応の値段とタフさが必要なのさ。まあその点あなたは心配ないけどな。」


いや私はデリケートよ?


現にそれで捨てられたんだし。


「じゃあなおさらいいじゃないか。理解ある人と巡り合えば長く丁重に扱ってくれるさ。」


まず自分の心配をしなさいと思ったけど、その言葉に勇気をもらった。


そうだ、私はまだ輝ける。


私にあったパートナーがきっといる。




数日経つと、ある女の子が目を輝かせてこちらを見つめていた。


前の主より幾分若く見える。


前の主と初めて会った時と同じ目の輝きだ。


彼女は鏡で私と今の服装を照らし合わせていた。


鏡の前に立ったのはいつぶりだろうか。


懐かしい感覚だった。


彼女は吟味しながら購入を決めた。


「良かったな。こんなに早く引っ越すのはそうそういないよ。」


隣にいた彼は言う。


彼に感謝と別れを告げ、レジに持っていかれる。


首輪についているタグを外される。


「ウール100%だから洗濯の時とか気を付けてね。デリケートだから。」


「はい、大事にします!」


店主と新の主の会話にほっと胸をなでおろす。


また長く使ってもらえそう。


この店長は良い人だ。ここに引き取られてよかった。


今度こそ大事にしてくださいな。


紙袋越しに彼女の温もりが伝わる。


前は段ボールで揺らされて来た分、初めての感覚だった。


「週末のデートこの服着ていこっと。」


にこやかで可愛らしい表情が袋の隙間から垣間見える。


そうよ、私はデートにピッタリなの。


きっとあなたの期待に応えるわ。




「うーん、ボアの方がいいかな。コートでも良いんだけど。うーん。」


わかるわ、あなたの気持ち。何でも似合いすぎて逆に困らせちゃうのが私の悪い癖。


「うん!ボアにしよっ!」


うん、似合ってる。これで彼もイチコロよ!


集合場所に着く。


彼女は10分前に着いていた。


なんか前にもここに来たような。


そんなに早く着いたら彼の立つ瀬がなくなると思うんだけど。


彼が来た。


「来るの早いね。待たせてごめんね。」


「いえいえ、来る途中何があってもいいように早く来てるんです。」


え?待って、この人、前の主の彼氏じゃない!!


「直接会うのは2か月ぶりだよね。ごめんね、俺が忙しくてさ。」


ん?? 2か月前??


1か月前にデートがあったから、、、


前の主の時に既に彼女いたの!!??


「いえいえ、大学の試験で忙しかったのにわざわざ会ってくれてありがとうございます。」


いや嘘じゃん!普通に先月前の主と遊んでたじゃん!


「店予約してあるんだ。焼き肉なんだけどいいかな?」


また焼き肉!?常套手段じゃない!


やっぱり焼き肉の時から怪しいと思ってたのよ!


「私焼き肉好きなんです!嬉しいです!」


ダメよ!騙されないで!!この男はクズよ!


「良かった。じゃあ行こうか!」


ダメ!! この男について行っちゃダメーーー!!

















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