第877話 斬られれば死ぬだけ

 高級スーツを着たままで汗を流す大男。


 上位の妖怪だが、彼には重要な役目がある。


「そういうわけで、君にはメッセンジャーになってもらう!」

「はあっ!?」


 片手に出現させた銀のダガーで、横に薙ぐように溜めを作った。


 リジェクト・ブレードは、両刃で古ぼけた姿だ。


 それだけに、向き合っている大男も、特に警戒していない。


「ハッ! そんなナマクラで、俺の肌に傷をつけることは――」


 刃が風を切る音が、真横に伸びた。



 ◇ ◇ ◇



 鬼龍きりゅう城という、妖怪たちの本拠地。


 大広間の一段高い場所に座る、殿様のようなかみしもの武士。

 初老だが、迫力がある。


 下座で歩み寄った妖怪が、スッと正座。


「ゴロー様……」


「何だ?」


 顔を上げた山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんは、静かに待つ。


「これを……」


 同じく顔を上げた妖怪が、両手で一通の書状を差し出した。


 そのままでは届かず、お付きの妖怪がいったん書状を預かる。


 五郎左衛門の傍で座り、うやうやしく差し出した。


「うむ……」


“拝啓 妖怪を統べる魔王様におかれましては、ご健勝のことと存じます”


“俺の母親である松川まつかわみやびのお披露目である四大会議へのご足労に、厚く御礼申し上げます”


「懐かしいな……。そんなこともあったか」


 一抹の寂しさを浮かべつつ、五郎左衛門は読んでいく。


“しかしながら、母親の仇を放っておくわけにはいかず”


「ふむ……」


“この書状をもって、決闘を申し込む次第であります”


「ほう?」


“正直に申し上げれば、あなたを滅ぼすことは容易い”


“けれど、それでは足りません”


“俺は、御神刀を手に入れました。とある神格が急に降臨して帰った件をご存じのはず”


“この御神刀は、あなたを斬るために存在します。それ以外を斬ることは、不思議と想像もできない”


「そうか……」


 自分へ挑戦しているにもかかわらず、五郎左衛門は満足そうに頷いた。


“お互いの全てを賭ける立ち合いに解放して力任せなど、無粋すぎる所業です”


「ならば、どうするつもりだ?」


“刀だけの斬り合い……。斬られれば死ぬ、それだけのこと”


 考え込んだ五郎左衛門に、周りの妖怪たちが様子を窺う。


 目を開けた初老の武士が、書状を読む。


“完全解放ありで戦ったら、あなたは俺と勝負にならない。しかし、あえてハンデを与えましょう。俺を斬れば、それで殺せます”


 まさに、お互いの点棒を減らしての一発勝負だ。

 次はなく、スキルによるゴリ押しもできない。


 穏やかな笑みを浮かべたままで、テンションを上げていく五郎左衛門。


“今の俺は、魔術師です。けれど、この一度だけ、剣士になります。 敬具”


 煽っているレベルではなく、仮に真実であれば、自分の命を危険にさらすだけ。


 つまり――


「正気の沙汰ではないな?」


 言いながらも、低く笑う五郎左衛門。


 書状を持ってきた妖怪が、注進する。


「ゴロー様! もう1つ、ご報告が! 地上へ行っていた大太郎だいだらさまが……く、首を斬られました。書状を持たせたのも、その人物です」


 その言葉でどよめく、ギャラリー。


 いっぽう、五郎左衛門は驚かない。


「首は?」


 2人の妖怪が樽を持ってくる。


 ポカンとしたままの大男の首が、そこに収まっていた。


文机ふづくえを持て!」


 返事を書くために思案する五郎左衛門に、側近の1人であるそうが尋ねる。


鍛治川かじかわ流は、どうします?」

「捨て置け! もはや、あの一味に用はない!」


 叫んだあとに、室矢むろや重遠しげとおへの文面を考える五郎左衛門。


 壮は正座をしたまま、肩をすくめた。


(これ以上の発言は、下手をすれば命に関わる)


 しかし、上の幹部が首を落とされたのに、このはしゃぎよう。


 犬猿の仲で、大太郎がくたばったのは祝杯を挙げる話だ。

 けれど、総大将がこの反応は解せない。


「何だってんだ……」


 呟いた壮も、重遠について思いをはせる。


(パワーファイターである大太郎の首を斬れるほどの腕前か……)


 そうこうしているうちに、五郎左衛門は筆を置いた。


「遠からず、決闘を行うぞ? 皆の者は、そのつもりでいるように」



 ◇ ◇ ◇



 俺は和装のままで、正座をしていた。


 薄暗い、閉め切った和室。


 目を閉じたままで片手を振れば、投げられた棒手裏剣が飛んでいた虫を貫き、そのまま壁に縫い付ける。


 見なくても、それが分かった。


「そろそろ、行くか……」


 立ち上がった俺は、左腰にある御神刀に声をかける。


「行こう、千陣(重遠)」


 いずれにせよ、この立ち合いで決着がつく。


 かつて魔王が暴れた、四大会議の場所。


「京都のイベントホールへ……」



 ここには、誰もいない。


 俺と千陣の2人だけ。



 そもそも、原作との因縁は俺たちだけのもの。


 正妻の南乃みなみの詩央里しおりですら、関係ない。



 外に踏み出して、数歩で視界が切り替わった。


 下に立っている人物に言う。


「1周目は、千陣がお前を許せないと言ったな?」


 返事はない。


 ホールへの階段を下りながら、話し続ける。


「訂正しよう……。俺も、お前を許せない」


「なるほど……」


 感慨深げに頷いた山本五郎左衛門は、それっきり黙り込んだ。

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