第876話 あの因縁の戦いが瞬く間に終わった

 俺は、千陣せんじん家の屋敷を後にした。

 当主会にいる老人たちと上座の親父は、見送るだけ。


 話がついたことから、遠巻きにしていた退魔師や妖怪たちも手を出さず……。


 後ろからついてくる気配に、振り返って尋ねる。


「お前は、いいのか? 二度と戻ってこられないかもしれんぞ?」


 千陣夕花梨ゆかりは、女子中学生とは思えぬ風格で微笑んだ。


「構いません……。如月きさらぎたちに命じて、私の部屋の荷物を運ばせております! 大きな家具は持っていくのが面倒で洋室に合わないから、置いていきます」


「超空間のネットワークがあると、引っ越しも手間がないな? しかし、お袋のほうは大丈夫か? 親父が松川まつかわみやびと俺を作っていたうえに、娘のお前も取られたことになるが……」


 袖から扇子を出した夕花梨は、広げたあとに口元を隠す。


「さりとて、私が戻るわけにも参りません……。弟の泰生たいせいに任せます」

「あいつの双肩に、全てを背負わせたわけか」


 酷すぎる話だ。


 広げた扇子を下ろした夕花梨は、片手でパチパチと閉じつつ、フォローする。


「魔王退治が終わったら、顔を出します……。お母様が納得するとは思えませんけど」


 上品に肩をすくめた夕花梨は、そろそろ行きましょう、と促した。


 室矢むろや家の超空間ネットワークで、南乃みなみの詩央里しおりが問いかけてくる。


『あの……。私のほうは? まだ夕花梨の離れにいますけど』


 もう体裁を繕う必要はないから、適当に帰ってくれ。


『分かりました。空間を移動できるから、そちらもご自由に』


 ハイハイ……。


 すると、夕花梨が指示する。


『如月? 詩央里の面倒を見なさい。引っ越しのほうも』

『承知いたしました』


 当主会が認めたとはいえ、宗家を相手に暴れ回った直後だ。


「中堅の幹部から下は、納得しないよなあ……」

「そうですね」


 夕花梨も、同意した。


 今となっては、南乃家も信用できない。

 移動中に運転手ごと暗殺ぐらい、やってくるだろう。


 同門でも殺し合うから、狂犬なんて呼ばれるんだよ!


 ジト目の夕花梨が、突っ込む。


「本拠地で一番上の人間に襲い掛かったら、どこでも総力を挙げての抹殺ですよ?」


「そうか?」


 ともあれ、ここでジャレていても意味がない。


 超空間ネットワークを利用して、カレナの権能を使う。


 2人が前に歩けば、京都の山奥から東京の自宅へ。


 夜中でも昼のように明るいライトアップが、周囲のマンションを強調する。

 カーテン越しの灯りも。


「やっぱり、こちらは気楽だわ!」


 他人を気にしない雰囲気に当てられたのか、夕花梨は両手を広げた。


 水浴びした犬のように、パタパタと体を振る。


(こいつもこいつで、重圧を感じているのか……)


 詩央里も自宅に帰っており、手が空いた夕花梨シリーズと一緒に食事をする。



 ◇ ◇ ◇



 千陣流に魔王退治を認めさせたから、とっとと話を進める。


 桜技おうぎ流との窓口である千陣夕花梨から連絡してもらい、俺と南乃詩央里の3人で訪ねることに。


 行くのは、もちろん……。


 “誓林せいりん女学園”


 対応してくれた女教師は、怪訝けげんな顔だ。


「当校の新聞部と、お聞きしました。そちらは過去に廃部となっており――」

「全てを終わらせる時が来た! 案内しろ」


 俺のセリフに、女教師は固まった。


「も、申し訳ありませんが、それは――」

「ならば、勝手に行かせてもらう」


 千陣流のトップの娘である夕花梨もいるからか、女教師は力づくで止めない。


「お、お待ちください!」


 後ろからついてくる女教師に、興味津々で鈴なりの女子たち。


 1周目の記憶により、俺はかつての新聞部の前に立った。


 複雑な錠前ではなく、夕花梨シリーズの糸による操作で開錠する。


 引き戸をガラガラと横にズラし――


「来ちまったか……」


 中に、高級スーツを着た大男が立っている。


 俺を見たまま、両腕を組む。


「興味本位で首をつっこまなければ、いいものを!」


 ニヤニヤとしたまま、片手を上げる。


「あのことを探る奴らは、みんな死ぬんだよ! テメーのせいで、この女子校の奴らも皆殺しだ。可哀想に……。やれ!」


 次の瞬間に、頭に角が生えた2mぐらいの巨人たちが、敷地内のいたるところに出現した。

 小鬼たちも数えきれないほど。


 そして、内部から発火するように全身が青白く光り、黒焦げで煙を上げながら倒れ込んだ。


 例外なく、全て……。


 様子がおかしいことに気づいた大男は、せまい部室の中でキョロキョロと見た。


「な、何だ!?」


「俺は、すでに雷火らいかを完全解放している……」


 大男は、目の前に立つ俺を見る。


「何言ってんだ、てめえ……」

「電撃は速い。さらに、無慈悲だ」


「バカを言ってるんじゃねえ! ここにどんだけの人間がいると思ってる!? お前が巻き添えにしたんだ――」

「言ったろう? 電撃は2秒もあれば、この敷地内を埋め尽くすほどに駆け巡れる。そして、他の人間を巻き添えにしないことも」


 首を振った大男が、思わず叫ぶ。


「で、できるわけねええっ! たかが人間に――」

「1周目は銃弾だった。しかし、もう遅すぎるんだよ」


 明らかにビビっている大男は、俺を見たまま、反射的に言う。


「……は?」


「剣士であることを止めた俺には、銃弾が飛んでいくスピードは遅すぎる」

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