第875話 当主会で賽は投げられた

 弓岐ゆぎ有宗ありむね

 俺の実質的な後見人にして――


 俺を暗殺し続けていた張本人でもある。


 日本家屋の広い和室に、奴の言葉が響き渡った。

 最後の独白は、まさに彼の心情だ。


「さんざんにやってきて、自分がされる番になったら御免だ。で通用するはずもあるまい? こやつは躊躇せんよ! その理由もない。逆なら山ほどあるがな?」


 まさに、投げやりだ。


 十家の当主の誰かが、反論する。


「し、しかし! ……南乃みなみの殿!!」


 座ったままで列の一部となっている爺さんが、面倒そうに答える。


「……何だ?」

「こやつは、そなたの孫娘の許嫁いいなずけであろう!?」


 ため息をつき、首を横に振った爺さん――俺にとって義理の祖父――がぶっちゃける。


「ワシも、こいつの顔を見たの2回目ぐらいだし……。ウチでこいつを積極的に守っていたのは詩央里しおりだけ。あとは夕花梨ゆかりさまか? 表向きに面倒を見ていた意味では、弓岐殿しか説得する立場にない。……そういう安倍あべ殿に頼むわ!」


「できぬから、こうして頼んでおじゃる! そなたの妖刀使いは張子の虎か!?」


 挑発された南乃の爺さんは、笑って受け流す。


「息子のあきらが一蹴されたからなあ! しかも広範囲の電撃となれば、どーにもならんわ! 第一、今から慌てて呼ぶのか? 間に合うわけがない!」


 ケラケラと笑う爺さんに、当主会の雰囲気は変わった。


 その1人である斯波しば大和やまとが、突っ込む。


「あのよお? こいつは魔王退治をしたいって話だぞ? 何で、俺たちが始末される話にすり替わってんの?」


 沈黙が支配した。


 息を吐いた大和は、取り仕切る。


「弓岐殿も賛成だとよ! 魔王に勝てなければ、困るのはお前だ。上手くいったら、何を欲しい?」


 問題は、まさにそこだ。


 勝てなければ俺が死ぬか、ビッグマウスの精算をするだけ。

 逆に言えば、魔王を殺せる力があった場合に、こいつらが妥協できる話なのか?


 全員に注目されたまま、口を開いた。


「強いて言うのなら、現状維持のままでのフリーハンドですね」

「意味が分からん! はっきり言え!」


 開き直っているのか、大和がすぐに応じた。


 仕方なく、説明する。


千陣せんじん流の室矢むろや家の当主として、正妻を変えず――」

「信じられるか!」


 途中で叫んだ、安倍家の当主らしき爺さんをチラッと見た。


「言い換えましょう。『以後は、いかなる理由があろうと当主会に参加せぬ』と」


「むぅ……。それならば」


 唸った爺さんは、黙り込んだ。


 代わりに、大和が俺の相手をする。


「当主会に参加しないことで、千陣流を混乱させないか……。分かりやすいし、ごもっともだ。しかし、お前に何の益がある!?」


「当主会に参加しない代わり、何の義務も負いません。だいたい、今の俺は四大流派のどこにも顔が利きます。千陣流に肩入れするほうが面倒です」


 こちらを見た安倍家の当主が、不思議がる。


 閉じた扇子で指しつつ、尋ねてきた。


「そなた、一体どうするつもりじゃ? 千陣流に根拠を求めつつも権力を握らんのは、解せん話だ。さっきの今だが、我らの立場で雲のように流れていけば、誰のためにもならんぞ?」


「俺は……。四大流派の上に立ちます」


 扇子が畳に落ちる、ポトリという音。


 それに構わず、近い未来を語る。


「当主会に乱入したのは、形だけでも御宗家の名代みょうだいとして魔王を斬るため……。これは千陣(重遠しげとお)に対してのケジメでもあります。終わったら、欧州へ魔術師としての留学」


 拾い上げた扇子をパタパタと広げて、口元を隠した安倍家の当主。


「ホホホ! 若人わこうどは夢があっていいのお……。安倍家も賛成いたす」


 これをもって、当主会は決議した。


 筆頭の派閥である安倍家が認めたからだ。


 上座に座っている千陣ゆうは、俺を見据えたままで、一言だけ尋ねる。


みやびのためか?」


「そうだ」


 ゆっくりと頷いた親父は、力強く命じる。


室矢むろや重遠に対しての『千陣流の敵』を保留にすると同時に、かの者に魔王討伐を命じる! なお、魔王討伐をした時点で、『千陣流の敵』だった事実もさかのぼってなくなる」


 反論は出ない。


 親父が、上座のすみにいる千陣夕花梨を見る。


「夕花梨……。お前は重遠に囚われ、あろうことか当主会への人質となった」

「申し訳ございません」


 謝罪した夕花梨に、親父は言い捨てる。


「お前を魔王討伐の見届け人とする! いざという時に自害すらできぬ娘は、政略結婚の役にも立たぬ。見届けた後には、お前の好きにしろ! 千陣家として、まともな縁談があると思うな」


「はい、お父様……」


 正座で頭を下げたままの夕花梨を後目に、親父は十家の当主を見回した。


各々方おのおのがた……。不肖ふしょうの娘だけでは足りん! 信用できる見届け人を出してくれ」


「では、私の息子を」

 

 言ったのは、九条くじょう家の当主だった。


「隊長ならば、間違いないでしょう」


 九条和眞かずまは、思わぬ形で2周目の魔王との対決を見届けることに……。


 首肯した親父が宣言する。


「九条隊長に、重遠の魔王討伐を見届けさせる! 他にいないか? では、以上だ」


 俺は立ったまま、軽く頭を下げて、広間を出る。


 後ろで、上座の夕花梨が立ち上がる気配。

 彼女にも、ここで立つ瀬はないのだ。


 いずれにせよ、あとは失敗の許されない決戦が待つだけ……。

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