第873話 戦闘では動揺した奴から倒れる

 千陣せんじん夕花梨ゆかりの首筋にナイフを突きつけ、その腕をとらえている馬鹿ども。


(あいつ、自分の離れにいるはずだろ? 何やってんだ?)


 俺が呆れていたら、本人が楽しそうに叫ぶ。


「助けてー♪」


 それを聞いた一敷いっしき源隆げんりゅうも、俺に向き直り、愉快そうに繰り返す。


「どうした? とっとと、自害しろよ? ああ、そうだ! この女を殺すよりも孕ませて、一足早く千陣家に――」

「「ア゛ア゛ァアアアアッ!」」


 たまげる悲鳴と光に、源隆は振り返った。


 そこには、無事な肌がないゾンビのような男どもが数人。


 目玉を失った黒い穴2つが、気配を感じ取ってか、奴のほうを向いた。


 気圧されつつ、そのゾンビから後ずさる源隆。


「おおお、お前! 御宗家ごそうけの長女もろとも、電撃で焼き尽くすだあ!? 正気かよ、てめえぇええええっ!」


 吐きたくなる臭いと煙。


 その原因である死体は、ドサリと倒れ伏した。


 俺は、恐怖の色で満たされた源隆を見据える。


「隣接していれば一緒に感電するから手を出せないと思ったか? あいにく、普通の雷じゃないんだよ」


「お、お前を隊長に推薦して――」

「軽々しく、千陣(重遠しげとお)をけがすな……」


 ここで、空気を読まない夕花梨が口をはさむ。


「お兄様? ちょうど、臨時の当主会が行われているようで……」


 俺がそちらを見た瞬間に、源隆が動いた。


「死ねやぁあああっ! 塗り壁ぇえええっ!!」


 周りの地面がいきなり壁のように立ちはだかり、四方から押し潰した。


 高層ビルを爆破したような轟音。


 土煙によって、辺りが見えなくなる。


「へっ! ざまぁ、ねえな? 馬鹿が! 俺を舐めるから――」

「馬鹿は、お前だ……。さっき、光の速度を教えてやっただろう?」


 俺の声で固まった源隆が、ゆっくりと振り向く。


「な、何で……」


「遅すぎるんだよ、お前の攻撃は……。そして」


 指パッチンにより、霊体化していた塗り壁が爆散した。


 呆然とそちらを見る源隆に、説明する。


「お前では、俺に一矢報いることもできん! そら、どうした? 次は、お前の番だぞ?」


「くそっ!」


 霊力で身体強化した奴は、左腕をブラブラさせたまま、遠ざかっていく。


 すぐに追いかけようとしたが――


 女のシルエットが飛び込んできて、その蹴りを受け流しつつ、続く裏拳、第二の蹴りも躱した。


 俺と相手が、距離を開けて着地する。


「何のつもりだ?」


 薄いオレンジ色でロング。


 エメラルドグリーンの瞳に怒りを示す女子高生が、俺を睨む。


 八天やてん仁奈になだ。


「こっちのセリフよ! あなたは、それだけの力を持ちながら! 今の今まで自分に霊力がないと御宗家まで騙し、挙句の果てにこんな反逆を!!」


「八天隊長か……。戦いにくいから、退いて欲しいのだが?」


 こいつは、夕花梨の派閥にいる隊長だ。

 立場的に跡継ぎを生むことが至上命題だし、どうにもやりにくい。


 けれど、俺の発言を聞いた仁奈は、霊圧を跳ね上げた。


「女だから馬鹿にしているの? これでも、隊長の1人だよ? 少しぐらい強くなったからと、いい気にならないで」


 両足を地面にすりながら、両手を構えた。


 その時に、傍観していた夕花梨が、問いかける。


「私が言っても、お兄様との対決を止めてくれませんか?」


 動揺した仁奈は、俺を見たままで答える。


「申し訳ございません! 隊長会で、御宗家の命令ゆえ!!」


 俺が先に、電撃を走らせた。


 仁奈の姿が、かき消える。


 霧の妖怪である、オンボノヤスによるダミーだ。


「ふっ!」


 本体が、全身のバネを活かした、捨て身の打撃。

 奇襲をかわされるか、仕留め損ねれば、自分も雷で焼かれるだけ。


 けれど、そちらの俺も消えた。


「えっ?」


 思わず、棒立ちになる仁奈。


「光学迷彩みたいなものだ……。俺の姿を映し出していたのさ! こちらの霊圧を探らなかったのが、お前の敗因だな?」


 先手を打たれれば、中を焼かれて死ぬか、廃人だ。


 その恐怖は、まだ若い仁奈の視野を狭くした。


 本物の俺は――


 夕花梨の後ろに立ち、手際よく、両脇から左右の腕を回した。


 向き直った仁奈は、その光景に息を呑む。


「夕花梨さま? ひ、卑怯者! あなたを慕い、有形無形に支援してきた妹に、そんな仕打ちをするの!?」


「でも、夕花梨は嫌がっていないし……」


「怖くて動けないだけよ! あなたみたいな男が――」


 両手を離し、後ずさる。


「ほら、夕花梨? 逃げていいぞ?」


 ガッカリした様子の夕花梨は、同じく後ずさり、背中から俺にポスッと身を預けた。


 また両脇から両腕を回し、指で弄り出す。


 それを見ていた仁奈は、困惑する。


「えっ! な、何で? 何でぇ!? その弄るの、止めなさいよ!」


「いや、ちょうど摘まみやすいし……」


 さらに混乱した仁奈は、両手で頭を抱えるように、後ずさる。


「お、おかしいよ! こんなの絶対――」


 動揺したな?


 一瞬で仁奈の傍に移動した俺は、隙だらけの足を刈りつつ、致命傷とならないように地面へ叩きつけた。


「ぐっ!」


 すかさず、実体化した夕花梨シリーズが、その権能である糸で縛り上げた。


 超空間のネットワークで、離れている南乃みなみの詩央里しおりが嘆息する。


『あの……。私でも、動揺しますよ?』


 動揺しなさそうな夕花梨は、いじられ役だ。

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