第868話 止めてくれウズメ、その姿と声は親父に効く

みやび……なのか?」


 親父の声が、見事な日本家屋の中庭――正確にはその残骸――に響いた。

 

 千陣せんじん流の宗家とは思えない、千陣ゆう


 その様子に、他の隊長格、下っ端も動けない。


 場を支配した若い女は、月光の下で、親父のほうを見た。


「……人違いよ」


 だが、女子高生の制服を着たままで、彼女は言い捨てた。


 誤魔化しているのではなく、きちんと相手を見ての返事だ。


 親父は、開け放たれた和室から中庭を見たまま、畳の上で立ち上がった。


「しかし!」

松川まつかわ雅は、松川雅よ? 私は違う……」


 絶句した親父から、俺に向き直る女。


 俺は、両手にある二振りのリジェクト・ブレードを消した。


「何の用だ?」


 宇受売うずめも、二振りの小太刀こだちを消す。


 呆れたように、手の平をひたいに当てた。


「ルール違反をしてまで降臨したのに、ご挨拶ね?」


 けれど、真面目な顔でジッと見つめる。


「あなたが私たちを嫌っていることは、知ってる」


「それは仕方ないわ……。あたしが逆の立場だったら、やっぱり許せないだろうから」


 周りの面々は、何も理解できない。


 そして、俺と彼女にも、説明する気はない。


 俺は、2周目の自分として答える。


「そちらは、どうなんだ?」


「別に……。こちらに攻めてくるのなら、話は別だけど」


 言葉を切って、俺の様子を窺う宇受売。


 首を振ったあとで、説明する。


「その気はない……。俺は、千陣にゆっくりしてもらいたいだけ。その使命がなければ、今すぐにでも旅立つだろう」


 苦笑した宇受売は、言い捨てる。


「結果的に、誰よりもこっちを守るか……。皮肉なものね?」


 そうだな。

 1周目よりも、高天原たかあまはらを大事にしている形だ。


 無言でいたら、彼女は用件を告げる。


「その千陣くんを届けに来たわ……。あの和装は?」


 御神刀になった、【花月怪奇譚かげつかいきたん】の『千陣重遠しげとお』か……。


 拳を握りしめた俺は、宇受売を見た。


「くれ! 今度は……しくじらない」


 目を閉じた女は、再び俺を見た。


「今度は、あたしも戦いたい! ……加護はいる?」


 おずおずと、尋ねてきた宇受売。


 俺は、どうでもいい。

 だけど――


「そうしてくれ! きっと、あいつも喜ぶ」


 宇受売は、にっこりと微笑んだ。


 それに対して、告げる。


「俺が……四大流派の頂点に立つ」


「好きにしなさい! 大地のことは国津くにつの領分だし、そっちがどう言うのかは知らないけど」


 あまり、興味がないようだ。


 その時に、1周目でも好き勝手にしていた隊長の叫び。


「こっちを無視しているんじゃねえっ!」


 大地に拳を叩きつければ、光が走った。


 そこから地面が大きく割れて、こちらへ向かってくる。


 一敷いっしき源隆げんりゅうの、式神による攻撃だ。


 けれど、俺のほうを向いたままの宇受売は、片手を向ける。


 散弾のように飛んでくる瓦礫がれきごと、横に線を引いたように止まった。

 物理法則を無視して。


 片手を向けたまま、初めて視線を向ける。


「うるさい」


 淡々とした声。


 次の瞬間に、突風が吹いた。


 立ち上がった源隆は、瞬く間に出現した宇受売に驚くも、その場で回転した勢いのままの蹴りを受ける。


 全ての運動エネルギーを受け継いだバカは、くの字に折り曲がりつつ、後ろへ飛ばされていく。


「おうう゛う゛うぅゥっ……」


 千陣家の塀をぶち破った奴は、水切り石のように地面で跳ねつつ、どこかへ消えていった。


(さすがに、速い)


 そう思っていたら、ブレるように元の位置へ戻った宇受売は、別れを告げる。


「用件は済んだわ! じゃあ――」

「最後に、親父と話してくれ」


 このまま消えたら、親父のメンタルが崩壊しかねない。


 俺の提案に、宇受売は息を吐いた。


 けれど、サクサクと中庭を歩く。


 全員が、高校時代の制服を引っ張り出してきた女子大生を見つめる。


 隊長の源隆がワンパンで倒されたことで、誰も攻撃しない。


 縁側の傍で、立ち止まった。


 和室で立ち尽くしたままの千陣勇は、見ているだけ。


 宇受売が、口を開いた。


「松川雅は、死んだわ……。他ならぬ、あなたが見届けたはず」


 親父は、ようやく話し出す。


は――」

「私は、雅じゃない! だけど、全くの無関係でもないわ」


「それは、どういう……」


「自分で考えなさい! ただ、1つだけ言っておくわ」


 ――私が、重遠の母親よ!


 チラリと、こちらを見た宇受売。


 次の瞬間に、天へ続く光の柱。


 最後に、言葉のない親父を見下ろす。


「もう止めなさい、松川雅の幻影を追うことは……。死者は何も語らない! あの子も、あなたが苦しむことは望んでいないと思うわ」


 そして、闇夜が戻ってきた。


 1つの奇跡が終わり、人々の現実が――


 書類上のお袋である千陣清花きよかは、上座で正座したまま、びみょーな表情だ。


 よく考えてみれば、自分の娘である千陣夕花梨ゆかりちゃんは俺にべったり。

 その上で旦那の元カノが出てきたら、無理もない。


 同じ和室にいる南乃みなみの詩央里しおりも、恐る恐る、お袋の様子を窺っている。


 ……お袋の機嫌は直るのだろうか?


「落ち着いてください、お母様。しょせんは、昔の話です」


 いたよ、夕花梨も!


 縁側のほうで、女子中学生みたいな式神に守られたまま、正座をしていた。

 

 ネコかな?

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