第869話 親友の家にお泊り【詩央里side】

 千陣せんじん家の敷地にある、夕花梨ゆかりハウス。


 宗家としての後継者争いのトラブルを避けるためにも、それぞれに独立した居住区を持つのだ。


 ハウスと言ったが、伝統的な日本家屋。

 いわゆる、離れのある武家屋敷だ。


 縁側で眺められる中庭を含めた風景……だが!


 さっきまで暴れていた室矢むろや重遠しげとおのせいで、適当に造成した直後のようだ。


 専属の庭師などの職人が、泡を吹いて倒れるレベル。


 元の光景を取り戻すには、最低でも10年単位……。


 千陣家に出入りする職人たちが、殺気立った様子で復旧の見積もりをしていた。


 それはそれとして、ここの主である夕花梨ちゃんは満面の笑みだ。


 彼女にしてみれば、プロレスの名試合を砂被りで観戦したぐらい。


 仮にも千陣流の宗家となれるだけの血筋だけあって、この離れだけで一族郎党を招いて宴会を開ける広さに、風呂などの設備も。

 料理もできるが、基本的にお抱えの板前がまとめて作る形式だ。


 宴会場のように細長い大座敷には、夕花梨シリーズが寝泊まり。


 張られた結界で、防音もバッチリ!


 リビングの役割を果たしている奥座敷の大型モニターでは、兄妹のラブコメを描いたアニメが大音量で流れていた。


 純日本家屋に響き渡る、年齢制限がかかりそうな映像と音声。


 暇な夕花梨シリーズがEDアニメと一緒に踊っている中で、正座している南乃みなみの詩央里しおりが尋ねる。


「夕花梨? 家族会議はどうでした?」


 湯呑みでお茶を飲んだ夕花梨は、端的に答える。


「二度と会わない、ということで決着しました。会ったら、女を殺すそうです」


「あ、そうですか……」


 息を吐いた夕花梨は、自分の感想を述べる。


「お母様には困ったものです……。二児を作っておいて、今更でしょう?」


「そ、そうですね……」


 歯切れの悪い詩央里に、今度は夕花梨が問いかける。


「そちらは? ご両親も心配しているでしょう?」


 ため息をついた詩央里は、首を振った。


「お父様に怒っていますから! まったく……。若さまに斬りかかるなんて」


「そうしなければ、南乃家の裏切りと見なされましたよ?」


「分かっていますけどね……」


 背中合わせで両腕を前に振っている、夕花梨シリーズの2人。

 EDの最後に合わせて、ポーズを決めた。


 パチパチと拍手する、見物している夕花梨シリーズたち。


 次のエピソードに進んだアニメを後目に、女子2人が話し合う。


「では、しばらく実家には?」


「ええ、帰る気はありません! 悪いのですが――」

「気が住むまで、滞在してください……。今のあなたは、かなり危ない立場ゆえ」


 無言で首肯する詩央里。


「はい……。その気になれば、何とでもなりますが……」


 超空間データリンクで他人のスキルを借りれば、圧倒できる。

 やろうと思えば、今の詩央里が千陣流を潰すことも可能。


 けれど、詩央里が式神とは違う力を持っていると知られれば、また面倒。


 それを理解した夕花梨が、続きを述べる。


「だからこそ、私の傍にいたほうが安全です! 南乃家に戻れば、ご両親が認めたうえで婚約の差し替えもあり得ます」


「ですよね……」


 良くて、別の男との初夜のやり直し。


 悪ければ、移動中などに襲撃されて、婚約者が千陣流に弓を引いたことを恥じての自決とされる。

 もしくは、責任を取らされ、重遠の討伐を命じられる。


 夕花梨が、話題を変える。


「お兄様は?」

宇受売うずめさまが天に戻ったドサクサに紛れて、逃げました」


「……沙都梨さとりのところ?」

「あそこは、誰も近づかないエリアですから」


「憂さ晴らしで、女郎蜘蛛の美耶みやをアヒンアヒン言わせていますね?」

「体液が強力な媚薬、興奮剤ぐらいじゃ、もう効きませんか」


 重遠の近くにいる沙都梨ちゃんは、友人の美耶が助けを求めているにも関わらず、鼻歌交じりに凝った料理を作るだけ。


 超空間の通信で知った女子2人は、揃って息を吐いた。


 詩央里が尋ねる。


「で、千陣流は?」

「緊急の隊長会が行われて、お兄様の討伐が命じられるようです」


 まあ、当然の流れだ。


 こういう時のために、特別待遇なのだから。


御宗家ごそうけによる命令で?」

「ええ……」


 再び、ため息が重なった。


「これ、千陣流の格付けになっちゃいますよね?」

「派閥争いだから、どうせ1人ずつかと」


 各個撃破になるのがオチだ。


「先鋒は……お父様でしょう」

「決着がついていませんからね」


 夕花梨は、詩央里を見た。


「お父様が殺されても?」

「……ここまで来たら、私が口を挟むほうが逆効果ですよ」


 寂しそうに笑った詩央里は、嘆息する。


「それに、お父様が本気を出さなければ、南乃家はお取り潰しです」


 ここは、千陣流の本拠地だ。

 全てが監視され、誤魔化すことは不可能。


 地球の文明とは段違いの超空間ネットワークがある室矢家は、リアルタイムで知覚する。


「お父様も、覚悟の上でしょう……」

「つまるところ、お兄様の考え次第と」


 彼が四大流派の上に立つと決めたことで、女子2人にも分からない。


 ともあれ、離れた場所の美耶が跳ねまくっている中で、千陣流 VS 重遠がスタートする。

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