第867話 無限抜刀術という脅威

 かつて、人斬りがいた。


 その侍は、あの役人は酷いと酒の席で聞けば、ガタンと席を立ち、その首を持ってきて、肴にしようと宣うほどの異常者。


 だが、強い!


 その抜刀術は、抜きつけであるのに、致命傷となるほど。


 使っていた愛刀は、どちらかといえば消耗品の部類――今ならば最低でも100万円から――だが、評価の高い銘。


 この世界では、御多分に漏れず、妖刀になった。


(どうやら、桜技おうぎ流が躍起になって浄化させようとしたらしいが……)


 噂によれば、御神刀が零落したとも。


 あってはならない事態に桜技流は目の色を変えているが、さすがに同じ四大流派の1つには手を出せず。


 今は、千陣せんじん流の十家の1つ、南乃みなみの家の次期当主にして、南乃隊のリーダー、あきらさんの式神だ。


 その名は――


「お前に切多貫せったぬきを見せるのは、初めてだったな?」


「そうですね、たぶん」


 見事な日本家屋の庭で、月光を浴びながら、時代劇のような一幕。


 そして、原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】では南乃隊長の妖刀が披露されないまま……。


 周りにいる連中は、身じろぎもしない。


 ザッ


 暁さんが片足を前に動かし、半身ぎみに。


 左手を腰に当てて、右手を開いたまま、ゆっくりと前へ――


「悪いが……。お前との付き合いも、これまでだ」


 ずっと続く、風切り音。


 ――真横


 両手に出現させた銀のダガーを振るい、横一文字に伸びてきた刃をそらした。


 ギャリイイッ! と甲高い音に、火花が散る。


「ほう?」


 抜刀術をかわされた暁さんが、両手で握り直しつつ、刃を向けたままで低くバックステップ。


 ホバーのように、ほぼ同じ頭の高さで距離が開く。


(さすがに、格が違う……)


 未来予知で受け流したが、これ初見だと無理だぞ!?


 しかも、御神刀となれば――


「それが、お前の武器か? 見たところ、西洋のダガーだな……。それにしても、俺の初撃をかわすとは! 真正面だったが」


 言いながらも、暁さんは再び、居合の構えに……。


(いや、待て!)


 納刀した動きがない。


 いくらスピードを上げても、今の向き合っている状態で見逃すはずが――


「不思議か? ま、冥途の土産だ。教えてやるよ!」


 抜刀に移れる姿勢のままで、暁さんの説明が続く。


「この切多貫には、納刀がいらない……。そして、今の抜刀速度」


 妖刀らしく、か。


 桜技流にすれば、もう悪夢だろうな、これ?


「本当に残念だ! 副隊長と言ってもいい強さだぞ? 最初から見せていれば、あるいは、こんな結末を迎えずに済んだが……」


「今まで放置されていた気がしますけどね?」


 順手で握ったダガー2つ、リジェクト・ブレードを前で交差するように構える。


 摺り足でポジションを変えている暁さんは、最後の会話を行う。


「それは悪かった……。霊力ゼロの雑魚をどう擁護すればいいのか、悩んでいてな? こうなった以上は、俺を逆恨みせず、とっとと成仏してくれ」


 すねた表情だ。


 娘の南乃詩央里しおりをとったこと、まだ根に持っていたよ、この人!


 光が伸びた。


(さっきよりも速い!)


 片手を外に払いつつ、もう片方で突き、薙ぐ。


 耳を塞ぎたくなる金属音が響き、お互いがすれ違う。


 間髪入れず、前でクロスしたダガーで受け止めつつ、外側へ誘導した。


(今度は、見えない刀身か……)


 距離が詰まったことで、今度は妖刀を消しての格闘戦へ。


 けれど、それはダガーの距離だ。


 2つを逆手に持ち替えてのパンチによる連打に、顔をしかめた暁さんが霊力で身体強化して、体操選手のように両手で地面につき、後ろへ跳ねた。


 再び、抜刀術の構えに。


「勘がいい。初めてのくせに、切多貫への対応もスムーズすぎる……。なるほど」


 雰囲気が変わった。


「なら、どれだけ予想しようと対応できなくするまでだ」


 正眼に構える。


構太刀かまえたちだ、切多貫!」


(解放! やはり、元御神刀か!!)


 後手に回ったが、こちらも順手に持ち替えたダガー二振りで、一気に詰める。


 たぶん、距離を置くほどにマズい能力だ。


(手加減できる相手じゃない)


 詩央里の絶叫が聞こえるも、その意味を理解する余裕はない。


 視界いっぱいに、暁さんの姿が広がり――


 2つの金属音が、時間差で響いた。


 俺の突き出したダガーは、ギャリリと金属音を立て続ける。


 けれど、暁さんのほうも、同じだ。


 その日本刀は解放する前の状態で、間にいる若い女が片手に持つ短い小太刀こだちによって止められたまま。


 暁さんが妖刀を構えたまま、目を見張った。


「何だ……。お前は?」


 そちらに注目しながら、背中で語る女。


「動かないでよ? どちらとも……」


 私立の女子高生の制服だが、その姿と雰囲気は女子大生。


 こちらに向けた横顔は――


 栗色のような茶髪のロングで、黄色のヘアバンド。


 琥珀こはく色の瞳。


 高天原たかあまはらにいる宇受売うずめか……。


「お前――」

「悪いけど、時間がない! そっちもいい加減にしろ!」


 俺のダガーから外した小太刀も使い、二刀で暁さんを退かせた。


「チッ!」


 暁さんはいきなり乱入したスピードを警戒して、守りに徹する。


 すると、この場に信じられないという、別の声。


「み、みやび!?」


 あ!


 これ、面倒になるパターンだ……。

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