第866話 千陣流の敵

 見事な日本家屋と、縁側から眺められる中庭。

 外と区切る結界のように、ぐるりと塀が囲んでいる。


 畳の上で立って、離れの茶室のような建物から縁側へ。


 そのまま、地面に降り立つ。


 俺は、その権能によって靴を履いていた。


 ザッザッ


 足を動かすたびに、地面とすれて音を立てる。


 俺を囲んでいる妖怪、千陣せんじん流の退魔師が遠巻きに動く。


 月光と合わさり、風流だ。


 立ち止まって、周りを見る。


 家を建てられるほどの広さが、そのまま庭だ。


「過去にタイムスリップしたようだな?」


 しかし、ここは千陣流を束ねる千陣家だ。


 宗家から敵と宣言された俺に対して、一番近い奴らが殺気立つ。


「おらあああっ!」


 一番槍と言わんばかりに、槍の先に長い刀をつけたような武器を持った雑兵が、襲いかかってきた。


 セオリー通り、上からの叩きつけだ。


 直線的に突っ込んできた男に、カウンターで踏み込みつつ、胸の中心に掌底を叩きこむ。


 声にならぬ叫びを上げつつ、くの字で後ろへ吹っ飛ぶ男。


「「「おあああっ!?」」」


 千陣流の敵を討ちとっての褒美を狙っていた連中が、巻き込まれた。


 耐えきれず、一斉に後ろへ倒れる。


 その一方で、別の方角から、鬼が殴りかかってきた。


「ぬうううっ!」


 鬼の強みは、その怪力だ。


 人間とは比べ物にならない強度である拳で、ただ打ち下ろす。


 しかし、俺の頭ほどの大きさで鉄筋を砕くハンマーのような轟音であるのに、片手で受け止められただけ。


「なっ!」


 驚愕のあまり、棒立ちになった鬼。


 それを見上げつつ、微笑む。


「最後に、一番楽しかったことを考えるといい」


 受け止めている手の平から、その鬼に霊圧を流し込んだ。


「おぼぇ――」


 急いで拳を引っ込めようとした鬼は、間に合わず、バラバラになった。


 血と肉片が、千陣家の中庭を汚していく。


 遠巻きに囲んでいる奴らが、騒ぎ出す。


「何だよ、これ!」

「あいつは、霊力ゼロの最弱だろ!?」


 こいつらは、千陣家から廃嫡された、半年前ぐらいの俺を知っているだけ。


 指揮官クラスが、叫ぶ。


「怯むな! 多少強くても、一斉にかかれば仕留められる!!」


 忍者のように暗殺を得意とする部隊が、全方向から襲い掛かってきた。


 右肘がめりこんだ忍者が突き刺そうとした武器を手放しつつ、その顔を歪ませたまま、後ろにバウンドすることで池に落ちる。


 片足を軸に回りつつ、右手でもう1人の頭をつかみ、左手を添えることで回転させた。

 一気に脱力して、その場に崩れ落ちる。


 それでも、残りの忍者は果敢に突っ込み、ただ串刺しにする。


 離れた場所に現れた俺は、そちらを見た。


 打撃を加えられたことで、ガシャンと忍者刀を落とし、ほぼ同時に倒れる。


 残っている連中は、まだ襲いかかる姿勢だ。


 俺はぐるりと回転しつつ、片手を振った。


四方鎖縛しほうさばく


 何もない場所から光る鎖が飛び出し、臨戦態勢の奴らをことごとく縛り上げた。


「がっ!」

「これは!?」

「……巫術ふじゅつ?」


 どうやら、知っている奴もいるようだ。


 けれど、誰もが膝をつくか、倒れ伏している。


 いかにも力自慢の男が、必死に両腕を動かした。


「き、切れねええええええっ!」


 先ほどの茶室を見れば、座ったままの南乃みなみの詩央里しおりが複雑な思いを籠めた目でこちらを見ている。


 宗家の千陣ゆうと、その妻である千陣清花きよかも、こちらが見える位置でジッと観察している。


 遠くから、槍が飛んできた。


 10以上だ。


 同じく、剛力による矢が雨のように。


 青いエネルギーシールドを張り、それを防ぐ。


 職人が丹精込めていた中庭は、もはやボロボロだ。

 数百年の歴史を誇る千陣流のメンツが潰れた。


 エネルギーシールドを解き、その場に立つ。


 すると、親父の声が響く。


「今のは、桜技流の巫術と、真牙しんが流の魔法師マギクスとしての魔法か……。重遠しげとお! お前は何をしたい――」

「おっと! それ以上は、ご遠慮ください。御宗家ごそうけおっしゃれば、もう取り返しがつかないので」


 飄々ひょうひょうとした中年男が、途中でさえぎった。


 水無瀬みなせ隼星しゅんせい


 千陣流の隊長格だ。


 本人の戦闘力よりも、従えている式神が強い。

 基本的なタイプ。


 地味だが高級な和装の男に、話しかける。


「初めまして、水無瀬隊長」


 俺のほうを見た隼星は、驚いた顔。


「これはビックリだね! 室矢むろやくんがボクを知っているのは不思議ではないけど――」

「んなこたあ、どうだっていいんだよ!」


 また、別の男の叫び。


 俺たちが見れば、やはり隊長の一敷いっしき源隆げんりゅうがいた。


 他にも、複数の影。


 まだ若い女が、口を開いた。


「さすがに、千陣家のお屋敷で暴れて、御宗家に敵と指名されればね?」


 中堅と思われる男女は、冷静だ。


「いずれにせよ、これ以上の混乱は望ましくない」

「ええ、そうですね」


 今代の隊長が勢ぞろいか……。


 どうしよう。


 1周目のせいで、一部を除いてギャグ要員か、くっころ! にしか見えない。


 そう思っていたら、最後の1人が前に出た。


「俺がやる……」


 男は、霊力による身体強化で、瞬間移動のように俺が立っている中庭へ。


 それを見た詩央里は、目を見張って、絶叫する。


「お父様!?」


 妖刀ようとうを扱う部隊である、南乃隊。


 そのリーダーである隊長。


 つまり――


 詩央里の父親である、南乃あきらだ。

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