第八章IF 2人の千陣重遠

第865話 よく考えたら「怪しい」というレベルではない

 時代劇のセットを思わせる、江戸時代のような風景。

 けれど、ここは観光地ではない。


 京都にある、千陣流の本拠地だ。


 左右には、武家屋敷とその敷地を囲む塀。

 すでに暗い道を歩くは、和服で30代前半の男だ。


 隊長にだけ許される羽織などを身につけている。


 メガネをかけた九条くじょう和眞かずまは、落ち着くイケボで、独白するように語る。


桜技おうぎ流で不正をしていた勢力が粛清された件は、僕も耳にした。ある意味では、みやびもその犠牲者なのだろう」


 沈黙により、下駄げたの音だけが響く。


 前を向いて歩きつつ、話を続ける。


「室矢くん……。君は、何を望む?」


 千陣流を壊したいのか?

 それとも、次期宗家に返り咲きたいのか?


 本当の母親に所縁がある桜技流に、所属を変えたいのか?


 あるいは、普通の高校生になりたいのか?


 聞くまでもない。

 この和眞さんは、2周目だ。


 副隊長として付き添うさざなみ莉緒りおも、ジッとこちらを見ている。

 

 一緒に来た南乃みなみの詩央里しおりは、黙ったまま。


 全員の注目を集めながら、俺は口を開いた。


千陣せんじんとして、魔王を斬ります」


 和眞さんは立ち止まり、こちらを見た。


 両手をそれぞれ反対側のたもとに入れつつ、嘆息する。


「そうか……。何か、手伝えることは?」


 首を横に振った俺は、端的に言う。


「お気持ちだけで……。巻き込みたくありません」


 顔を伏せた和眞さんは、すぐに向き直った。


「分かった……。おおよそ、理解したよ」


 この会話も、監視の式神とかが聞いているだろうしなあ。


 笑顔に戻った和眞さんが、1周目と同じセリフ。


「千陣家のお屋敷に着いた。では、健闘を祈るよ」

「またね」


 和眞さんと莉緒に別れを告げられ、俺たちは表門の前に残る。


 場合によっては、今生の最後となる会話だ。


 俺は、詩央里のほうを見た。


「行くぞ?」

「はい」


 すでに待機していた小間使い。


 その人物に対して、詩央里が告げる。


「室矢家の当主、重遠しげとおさま。ならびに、南乃家が長女、詩央里です。御宗家からのお呼びで参上しました」


「長旅、お疲れ様です。うけたまわっております。どうぞ、こちらへ……」



 ――茶室


 1周目と同じ、比較的新しい和室。

 その下座で待機して、親父たちを出迎えた。


 やはり、おぜんが並ぶ。


 書類上の父親にして宗家の千陣ゆうと、その妻である千陣清花きよか


 上座に並ぶ2人は、1周目よりも困惑した様子だ。


 勇が、戸惑った雰囲気で尋ねてくる。


「重遠? お前については、聞くことが多い……。夕花梨ゆかりからも報告を受けているが……」


 何か、あったか?


 そう思っていたら、親父が1周目と同じセリフへ。


「まず、真牙しんが流のベルス女学校で陸上防衛軍と対峙した件だ! お前は千陣流を国家の敵にしたいのか!?」


「いえ、その意図はございません。俺は境界線をはさんで、陸防の部隊と対峙したうえ、穏便に話し合いをしただけ」


 腕を組んだ親父は、座ったまま、こちらを見た。


「なるほど……。では、次の質問だ。陸防と対峙した際に2つ、おかしなことがあった。1つ目は、連中のヘリや戦車が消え失せ、全く別の場所で発見されたこと。お前がやったという発言もある。2つ目は、真牙流のY機関がなぜお前に従う?」


 ベル女での『計算不能のデッドエンド』か……。


 メイド服を着たルナリアは、妙なネーミングをしたものだ。


 その時に、親父が付け加える。


「ウチで未確認だが……。ベルス女学校の敷地内では、その直前に海外の魔術師と戦ったそうだな?」


 俺の隣で正座をしている詩央里が、体をこわばらせた。


 その気配を感じつつ、答える。


「今の俺の本質は、魔術師だ」


 剣呑な雰囲気をまとった親父が、改めて尋ねる。


「世界を変える、か……。この京都で霊力ゼロのままで、千陣家を廃嫡したのちに東京へ飛ばした。であるのに、真牙流の主流の1つに認められ、あまつさえ万全の陸軍と向き合ってあしらう。桜技流の筆頭巫女である天沢あまさわ咲莉菜さりなと共に警察庁のキャリアに啖呵を切る。聞けば、なぜか桜技流の内部事情に詳しく、そちらの不正をなくすために上の幹部2人を敷地ごと灰にした」


 ため息を吐いた親父は、呆れたように呟く。


「しまいには、難しい理屈をこねている操備そうび流で、そこの評議員であるマスクド・レディ(仮面の淑女)とコンタクトを持った……。ウチを説得できれば、晴れて四大流派を操れるかもしれん」


 遠い目になった親父は、やがて向き直る。


「だが、それは非能力者との対決につながる! お前のやり方ではな?」


 その発言と同時に、ふすまなどが開けられ、戦える妖怪や抜刀した人間に囲まれた。

 縁側から見える中庭にも、多くのシルエット。


 時代劇の殺陣たてシーンだな?


 千陣流の宗家としての顔になった親父が、前に立った護衛の後ろで、話を続ける。


「残念だ……。しかし、今のお前は四大流派の3つに顔が利くうえ、あの悠月ゆづき財閥を動かせる。すでに陸防や警察と接触した以上、もはや放置はできぬ!」


 囲んでいる連中が、武器を握り直し、あるいは両足を動かす。


 命令1つで、襲いかかれる状態へ。


 俺の隣で小さく震えている詩央里が、こちらを見た。


 つついただけで死にそうなモヤシを東京へ放り出したら、半年も経たずに初めての式神を作ったうえに霊力が戻り、四大流派の3つをコンプリートしてきました!

 防衛軍と警察にも、喧嘩を売っている最中です。

 海外の勢力とも、なぜか交流しています。


 全く、意味が分からん!


 客観的に考えたら、そりゃこうなるわ……。

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