第859話 2周目で意外なポジションに収まった人

 古びた生徒手帳の山。


 綺麗なローテーブルに積まれたのは、かつて新人の教師だった自分が教えていた女子たちの痕跡だ。


 山嶺さんれいリスブロン高校の校長室で、そこのあるじである50代の女性は、ただ泣き続ける。


 そのローテーブルを挟んで座る女子3人に、かける言葉はない。


 目の前にいる女は、他人だから……。


 でも、シスターにして、今は校長まで上り詰めた人物にとっては、違う。


 ダブルオー事件。


 いつもの通学ルートで、地下鉄の車両に乗っていた教え子が一斉に消えた。


 彼女たちは、ようやく帰ってきたのだ。

 生徒手帳として……。


 彼女たちと同じ顔をした、在りし日の女子高生の姿。


 蓮見はすみ利佳りかたち。


 正確にはクローンだが、オリジナルが死亡したことや、本人たちが呼び合っていることから、そのまま名乗っている。


 ともあれ、利佳たちにしてみれば、気まずい限りだ。


 1周目とは異なり、校長の世話にならず、室矢むろや家の世話になると告げて、別れた。



 ◇ ◇ ◇



 放課後の紫苑しおん学園。


 その高等部、1-A。


 自分の席にいる女子は、男子に気づき、そちらを見た。


 予想外だったことで驚くも、すぐに平静を装う。


「……何?」


と会いたい。連絡してくれ」


 端的に言った室矢むろや重遠しげとおは、制服のままで、どうにも着なれないと感じていた。


 いっぽう、突然のコンタクトに驚いた女子は、ぐっしょりと汗をかきつつ、とぼけるべきか、理由を聞くべきかと、悩む。


 けれど、今のリアクションで肯定したも同然と思い、息を吐いた。


 座ったままで、重遠を見る。


「なぜ?」


須瀬すせ亜志子あしこと廃墟の世界について、知らせたい。……本人とだけ。連絡は、俺の自宅かスマホにしろ」


 お前には伝えない、と告げられ、モブになりきっていた女子は、また息を吐く。


「了解……。約束はできないけど、話してみる」


 そこに、陽キャの上加世かみかせ幸伸よしのぶが割り込む。


「室矢! お前、ベル女の交流会に行ったろ? ウチに転校してきた咲良さくらさんの連絡先……あれ? い、今、ここに室矢がいたよな?」


「……ごめん。私、よく見ていなかったから」


 突き放した女子は、煙のように消えた重遠に触れず、手早く荷物をまとめた。


 自分の立場を悪くしないため、社交辞令で別れの言葉。


「じゃ、お先に」


「あ、ああ……」


 スクールバッグを肩にかけた女子は、立ち尽くす幸伸に構わず、教室を出ていった。



 ◇ ◇ ◇



 操備そうび流のオフィスにいる女が、白一色の仮面を外した。


 20代半ばで、長い黒髪と、青みがかった紫色の瞳が露わに……。


 評議員の1人、マスクド・レディ(仮面の淑女)だ。


 相手を突き放す声音ではなく、1周目にキッチンカーで同乗した時の、富士ふじかぐやの雰囲気で応じる。


「なるほど……。周回しているとは、実に面白いですね? あなたの説明で、おおよその事情は分かりました。四大流派が引きずっている魔王についても、この後で片をつけると?」


「はい。2周目の本番は、そのあとの海外留学ですが……」


 後ろのソファにもたれた『かぐや』は、俺を見た。


「別の世界線の結末が分かっただけで、十分な収穫です! あなたを怒らせる気はございません。管理できるのなら須瀬亜志子といった女子も、どうぞご自由に……。話は、それだけですか?」


佐伯さえき緋奈ひなをください。海外留学につれていけば、そちらのデータ収集にもなりますよ? あと――」


 エルピス号の居住ブロックを掃除する、と告げれば、かぐやは悩み出した。


「外宇宙への旅……。希望すれば、それに連れていくと……」


「無理強いはしません。ただ、俺たちはミーティア女学園との連絡役や、危険な宇宙生物の制圧などを行っても、統治する気はないんです」


 得心とくしんが行く顔になった『かぐや』は、答えを言う。


「私がリーダーになれと? 普通に老いて死に、世代交代をする人々の……」


「そうです! エルピス号は『他の惑星に移住したい』という生命体を相乗りさせ、入植の支援もやっているようで」


「逃せば、次はないですね? 私たちも同行します……。今後の予定は?」


千陣せんじん流の説得もありますが……。その前に、エルピス号の居住ブロックを探索したいです。緋奈と、宇宙生物でも戦える部隊を」


 首肯した『かぐや』は、すぐに応じる。


「直属の『ドールズ』で、屋内戦に強いチームを用意しましょう。私も、今のうちに身辺整理をしますか!」


 言葉を切った彼女は、まっすぐに俺を見た。


「2周目のあなたの様子では、そちらが帰国する前に地球が滅んでも、おかしくないようですし……。ただし、永遠は辛いですよ?」


 経験者の言葉だけに、重い。


「ミーティア女学園で、言われました! それでも、俺は死後に高天原たかあまはらへ行きたくない」


「あなたの出自と力では、放っておかれないでしょう……。とにかく、魔王の山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんを倒しつつ、私たちの新しいホームを整備することが最優先! チームの編成を急がせます」


 あの『マスクド・レディ』が気を遣うとは……。


 今の俺は、どういう表情をしているのやら。

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