第858話 家に戻るまでが遠足です

「……初めまして」


「あ、どうも……」


 何とも言えない雰囲気で、同じ顔の女子が挨拶を交わした。


 文明が滅びた後のような廃墟が広がる、別の世界らしき場所。

 その中でも、比較的マシな建物だ。

 暮らしている女子高生3人が片付けたことで、多少の生活感がある。


 1周目では成し得なかった、須瀬すせ亜志子あしこ蓮見はすみ利佳りかの対面。


 より正確に言えば、どちらも蓮見利佳のクローンで、亜志子のほうが年上だ。


 もう面倒くさいから、女子3人にも1周目の記憶を入れた。


 リーダー格の利佳が、こちらを見る。


 気まずいから、口を挟んで欲しいようだ。


「俺が『ブレイン・コントローラ』を無力化して、スコーチャーを止めた。ついでに、徘徊していたクリーチャー、ゾンビ兵士もな? お前たちは、1周目と同じく身の振り方を決めてくれ! 元の世界に戻れば、ここに拠点を築いた操備そうび流が狙ってくることを忘れるなよ?」


 首肯した利佳は、初対面の姉を見た。


「須瀬さんは、どないするんや?」


「私は、重遠しげとおと一緒にいる! だけど、強制する気はない」


 亜志子は、室矢むろや家の予定を告げた。


 腕を組んだ利佳は、別の女子2人を見る。


知穂ちほと『しのぶ』は、どうする? ウチは、あんたの庇護下に入り、考える時間が欲しい。正直なところ、操備流を振り切るには、海外で暮らすしかないと思うわ! しかし、その方法はできるだけ避けたい」


「私も、同じ考えです」

「異論はないわ」


 西野にしの知穂と浜野はまのしのぶは、即答。


 首肯した利佳が、俺に向き直る。


「あんたらが欧州へ行けば、どういう話になっても、おかしゅうない! とばっちりでウチらが迫害されるか、殺されたら、シャレにならんわ!」


 言われてみれば、そうだな……。


 納得した俺は、うなずいた。


「分かった……。ひとまず、室矢家で保護しよう! 細かい話は、脱出してからだ。すぐに私物をまとめてくれ」


 女子3人は立ち上がり、それぞれに自分の部屋へ。



 ◇ ◇ ◇



 軍の防護服を着た6人は、ガスマスクの顔を向けた。


 黒くて、大きな丸となっている目が、2つ。

 虫のような顔だ。


 視線の先には、場違いな高校生の男女。


 小銃を持っているようだ。


『押さえますか?』

『やめろ……。ここを調べるほうが先だ』


 分隊長らしき男が、すぐに撃てる姿勢のままで、アサルトライフルの銃口を下げた。


 交戦になれば、その音で何が寄ってくるやら……。



 曇天どんてんの下で、朽ちているビル群。


 隠れる場所は、いくらでもある。


『隊長! いい加減に、こいつを外したいんですが?』


 自分の指でガスマスクを示した男に、分隊長が答える。


『我慢しろ……。スコーチャーは止まっても、何があるか分からん』


 室矢重遠たちが歩き去り、分隊の6人は縦一列で、彼らが出てきた建物へエントリー。


 先頭は銃口を前へ向けたまま、通り過ぎる部屋をクリアリング。


 残された物資のマークから、判断する。


『日本の操備そうび流……。ここを拠点にしていたのか』


 周りは高い塀で、建物の状態も良い。


 確かに、おあつらえ向き。


 分隊の1人が、ジョークを言う。


『炭酸飲料とスナックがありますかね? 映画のサブスクがあれば、なお良い』


『見つけたら、お前にやるよ! 音響センサーに反応なし……。どうやら、さっきの連中がしばらく住んでいたようだ』



 安全と判断した分隊長は、ガスマスクを外すことを許可した。


「モーションセンサーを設置しろ! 自動迎撃のライトマシンガンも!」


 数人の高校生が戻ってくれば、戦闘もあり得る。


 少なくとも、先手を取りたい。


 生け捕りにすれば、多くの情報が手に入るだろう。



 ――1時間後


「遅くないですか?」


 交代で仮眠をとっていたが、そいつが戻らない。


「そうだな」


「女子の下着でも漁っている? ……見てきます」


 その男は顔を出したまま、小銃のスリングを肩にかけた。


 けれど、行方不明者は増えるばかり。



 残された分隊長と1人は、すぐに撃てる状態のまま、味方を探す。


 ところが――


「うっ!?」

「な……」


 硬いコンクリートのはずが、穴に落ちたような感覚。


 気づけば、腰までつかる汚水で、半円のアーチでふたをされた下水道らしき場所だ。


 2人は、耐えがたい臭さに、慌ててガスマスクをつけた。


 小銃の先にあるフラッシュライトをつけて、丸い光を動かす。


 やはり、下水道だ。

 煉瓦レンガによる造りで、閉所恐怖症にはキツい狭さ。


『別の場所か、それとも幻覚?』


『他の奴らが消えたのも、これが原因でしょうか?』


 分隊長は、同意する。


『たぶんな……。前進する! このままでは、助からん』

『ラジャー』


 ザブザブと、汚水の中を歩き出した2人。


 まだパニックにならず、軍人らしい判断だが……。



 あの廃墟だらけの世界は、スコーチャーの照射によって安定。


 ゆえに、重遠が『ブレイン・コントローラ』を無力化した時点で、この世界は不安定になり、このような壁抜けバグが発生。


 ゲームなら笑えるが、これは現実だ。

 元の世界に戻れる確率は、ゼロに近い。


 おそらくは、廃墟だらけの場所も、無数にある世界の1つだろう。


 場合によっては、重遠ですら戻れるとは限らない、様々な世界を巡る。


 彼らは無自覚に、その第一歩を踏みしめたのだ。



 下水道で、汚水をかきわけて進む2人の先に、光が見えた。


『出口だ!』

『あいつらも、いるんでしょうかね?』


 ようやく、乾いた大地を踏みしめれば――


『プール?』

『おいおい、夢なら覚めてくれよ』


 そこは、白いタイルで作られた、清潔な室内プールだった。


 張られている水は、透明。


 底まで、よく見える。



 気になるところだが、そろそろ、時間。

 

 良い旅を……。

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