第857話 ひたすらに時を待った少女

 東京ネーガル大学のサークル棟3Fで、暗い部屋に閉じこもっている小枝こえだ妃香ひか


 文字通り、目を閉じて耳を塞いでいたものの、外が五月蠅い。


 笑顔の室矢むろや重遠しげとおが、あらゆる攻撃を無効化しつつ、彼女のところを目指しているのだ。


「な、何? 何が起きているの?」


 ポツリとつぶやくも、それに答える人間は――


 ガチャッ


 暗闇にドアの形で切り取られ、人工的な光が差し込んだ。


「妃香ちゃん! ここは、もうダメだ!」


 硝煙しょうえんの臭いをまとったヒロが、座り込んでいた妃香の手をとった。


 引っ張ることで立たせ、一緒に走り出す。


「ちょっ……ちょっと!?」


「あの化け物は、止められない! これだけ騒げば、とうネにも警察がやってくるッス! 俺と一緒に――」

「だから、待ってよ!」


 片手を引っ張られていた妃香は、女子大生とは思えない力で、強引に振り切った。


 ヒロは驚くも、必死に説得する。


「妃香ちゃんは、あいつを見ていない! 見た目は男子高校生で、どれだけ撃っても爆破しても無傷なんだよ! おまけに笑いながら……。たぶん、お前が狙いだ! 俺は嫌なんだよ。ここまで馬鹿な部員をまとめて、偉そうな連中に頭を下げてきたのは……。お前のことが好きだから! みきちゃんが死んじまって、お前まで失っちまったら……」


 重遠を見てきたヒロは、震えながらも、勢いで告白した。


 自分の発言に気づき、恐る恐る、妃香のほうへ視線を向ける。


 彼女は、ぼんやりと立っているよう――


 両膝が床に落ちて、そのまま、ドサリと横に落ちる。


 呆然としたヒロが視線を上げれば、まさに重遠が立っていた。


「て……てめぇええええっ!」


 銃口を向けて連射するも、重遠の姿は消えた。



 ◇ ◇ ◇



 イベサー『フォルニデレ』は、終わった。


 『イピーディロクの情人じょうじん』の2人を失い、キャンパスで戦闘をした彼らは、駆け付けた警察に検挙されることに……。


 スマホでニュースを見た俺は、傍に立っている小坂部おさかべけいに尋ねる。


「どうする?」

「……せっかくだから、見届けたい」


 その返事を聞いた俺は、足を踏み出す。


 すると、周囲の景色が変わり、まるで10年ぐらい前のように……。


 今の俺たちにしてみれば、時代を感じさせる街並みに構わず、慧と歩く。


「これだけの間に、すごく変わったんだね?」

「ああ……。下手すれば、携帯電話が普及し始めた頃だ」


 慧に答えつつ、目的の場所へ歩き続ける。


 近づいてくる、ありふれた制服を着た女子中学生が1人。


 通りすぎるタイミングで、銀の一閃……。


 女子はどこかへ歩いていき、俺は立ち止まったまま。



「……話さないの?」


 おずおずと尋ねてきた慧に、首を横に振る。


「あいつの人生は、これで変わった。……それだけだ」


 俺たちがいるはずのない街で、宣言する。


「帰るぞ? へ」




 ――代官山だいかんやま


『1番線に、電車が参ります。お待ちの方はゲートが開いてから――』


 ホームのアナウンスを聞きながら、俺はベンチに座っていた。


 すると、目の前に誰かが立つ。


 その気配から、若い女だと分かった。


「あの……」


 思い詰めた声に、顔を上げる。


 そこには、俺がそのシンパシーを消した少女……いや、美女がいた。


 長い黒髪で、茶色の瞳。


 ちょうど、大学生ぐらいの外見。


 女子は、で、意を決したように告げる。


「私は……人間ですよね? あなたと同じ」


 その台詞。


 1周目の俺が、彼女を消す直前に言ったものだ……。


 息を吐いた後で、答える。


「ああ、間違いなく……」


 緊張していた女子は、ポロポロと泣き出す。


 それを見た俺は、全てを悟る。


 式神になった慧が室矢むろやカレナに頼んで、1周目の記憶を入れたか……。


「お前は、普通の人生を送れるはずだった」

「私は!」


 思わぬ大声に、俺は黙った。


 いっぽう、他人と話せるようになった須瀬すせ亜志子あしこまくし立てる。


「ずっと、ずっと悩んでいた! 誰も、私は否定されなかった! でも、ある日、それが解決したの! あなたがやったんでしょ!? どうして、何も言わず――」

 

 感極まった亜志子は、泣き出した。


 俺はベンチに座ったまま、地面に接したままの片足でジャリッと捻る。


 次に、彼女の顔を見据えた。


「2周目の俺たちは、世界に行く。死んだら、外宇宙への旅だ……。お前は、どうする?」



 カレナの権能で周りを止めていた俺は、元に戻した。


 亜志子と歩けば、俺たちがいた方向へ駆けていく鉄道警察が数名。


 こちらを見て、怪訝けげんな顔をした1人も、そのまま走り去った。


 誰かが、ホームで女が泣きわめていると、通報したらしい。


 改札のフラップドアを開きつつ、足を動かす。


「……今度は、取調室で特務と名乗らずに済んだか」



 これで、操備そうび流のパートも――


「私がいた場所や、回収した組織のほうは?」


「忘れるところだった……。早いところ、済ませておくか」

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