第855話 『イピーディロクの情人』の憂鬱(前編)

「いつものオンライン対戦で、あの御方がいなかったの! ずっと待機したせいで、徹夜よ徹夜! たまらないわ!」


 女子大生の声に、もう1人の女子が顔を上げた。


「え? いつも、ご自分がウィナーになるまで続けていたのに……」


 どちらも絶世の美女で、周囲には取り巻きの男子たち。


 場所は、東京ネーガル大学の食堂。


 イベサー『フォルニデレ』のツートップである、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきだ。


 どこかの山間リゾートと勘違いした内装に囲まれた場所。


 2人だけで、テーブルについている。


 同じサークルの男子どもは、隣接するテーブルに陣取り、他の奴らが近づかないよう牽制けんせい中。


 本来なら、1周目の室矢むろや重遠しげとおたちがマズいと評したメニューだが……。


 美女2人だけ、専用メニューだ。

 お皿には、見ただけで違う料理の数々。


 当たり前のように食べる彼女たちは、どちらも高級ブランドに身を固めている。

 けれど、それが似合っているのだ。


 幹は、冷静に突っ込む。


「あの御方のことだし……。こっちは例の計画で忙しいから、いちいち気にしても」


「それはそうだけど……」


 男の性を支配する、イピーディロクの情人じょうじん

 人間の女が変貌へんぼうするだけに、邪神の眷属けんぞくにしては普通に考える。


 重遠がイピーディロクを滅ぼしたことを知らず、彼女たちは自らの主人に尽くす。


「イベサーの看板に、芸能界やらの接待! おまけに、布教までやらされて――」

「まあまあ……。次の面倒な仕事は、私がやるから」


 憂さ晴らしにパクパクと食べる、妃香。

 気を遣う、幹。


 すると、チャラ男の1人が、恐る恐る、近づいてきた。


「今、いいっすかね? ……急な話で悪いんだけど、ウチの本部にVIPが来るっぽくて」


 言葉を切った男子は、ヘラヘラとしながら、相手の反応を待つ。


 ため息を吐いた妃香が、その続きを言う。


「ハイハイ、いつもの接待ね?」


 幹はすぐに、返事をする。


「私が行く! 妃香は、お休みだから」


 顔色をうかがいながら、男子が問い返す。


「俺、『2人で行く』と言っちゃって……」


 ちょうど食堂に揃っているからと、営業トークで調子に乗ったらしい。

 

 考え直してくれないか? という雰囲気で、妃香を見るも、彼女は顔を背けたまま、無言で食事を続ける。


 それを見た幹は、場を取り成す。


「妃香の分まで頑張るから! 調整してくれないかな、ヒロ君? 全員でヤるのが嫌いな人もいるだろうし、別の日に入ってもいいよ」


「う、うっす! そういう事なら……」


「お願いね? あとで、ヒロ君にもサービスするから」

「すぐに連絡しまっス!」


 色々な意味で元気溌剌げんきはつらつとなったヒロは、スマホを見たまま、立ち去った。


「ひーかー?」


 責めるような声音に、妃香は幹を見た。


「……別の日程になったら、私が入るわ」



 ――原宿 駅前の商業ビル


 美術館のような空間で、部外者が立ち入れないレジデンス。

 窓からは、展望台のような景色だ。


 ここが、イベサー『フォルニデレ』の本部。

 とうネのサークル棟に置けない裏帳簿、顧客リスト、サーバーなどがギッシリ。


 部外者も入り込める大学とは違い、商業ビルのエレベーターは専用で、そこからセキュリティの認証だ。


 あからさまな警備員はいないものの、警備会社と契約していて、フロントにも専門のスタッフが詰めている。


 複数のセキュリティと併せて、部外者がこっそりと紛れるのは――


「ん?」


 直通のエレベーターから降りた幹は、エントランスの一部であるロビーを見た。


 そちらには、共用設備としてのソファや椅子。

 見慣れぬ男子が、1人で座っている。


 彼女の視線を気にせず、駅前のほうに広がる景色を眺めたまま。


「ねえ、ヒロ君! あれ、誰?」


「……今回のVIPの子供じゃないっスか? 俺、準備があるんで!」


 複数のセキュリティがある場所ゆえ、ヒロはろくに見ないまま、フロントへ行った。

 

 先に本部となっている物件へ行こうか、と思うも、鍵を持っていないことに気づく。


「――の3人が来たら、ここのロビーで待ってもらうように――」


 ヒロの忙しそうな後ろ姿に、ため息を吐いた。


 気になった男子がいるほうへ歩み寄り、話しかける。


「こんにちは!」


 顔を見れば、高校生のようだ。


「……どうも」


「ここ、いいですか?」


「ええ」


 そのやり取りで、幹は、近くのソファに座った。


「えっと……。失礼ですが、イベントサークル『フォルニデレ』の関係でしょうか?」


「そうですね。関係者といえば、そうなります」


 他とは違う男子に、幹は興味を抱いた。


 自分がこの姿になってから、欲情ではない目つきで見られたのは、久々だ。


「私は――」

「物事には、必ず終わりがある。超常的な力を借りようとも……」


 男子の指摘に、幹は警戒した。


 すぐに始末するか?

 だけど、ここには他の人間もいて、ヒロ君に正体を見られるのはマズい。


 相手がただの中二病であることも疑い、幹は調子を合わせる。


「そ、そうですよねー! 私も、超能力が使えればなーって、よく思う――」

「イピーディロクは、もういないぞ? 俺が殺した」


 幹は、全身から汗が噴き出た。


 その名前を呼ぶだけで召喚されるであろう、邪神イピーディロクの気配はない。


 向かいに座っている男子を見る。



 いっぽう、室矢重遠は1周目と正反対のシチュエーションで、『イピーディロクの情人』と向き合う。

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